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【まとめ読み】騒音の神様 101〜103 えらそな荒本、松原をコケにする

仕事場に戻るために無駄に胸を張って歩く荒本に、他の男が声をかける。
「えらい腹出とるで。ほんまに百キロか、」
荒本は、
「ほんまは百四十キロや。いや、百五十かもな。とにかく重たいんや、オレは。重さは強さなんや。」
そう言いながら仕事を再開した。

少し離れた場所では、松原が水を頭から被っていた。そして周りの皆に
「みんな、すまんな。勝てんかった。情け無い話しや。みんな、すまんかった。怪我は無いか、大丈夫か、」
と気丈に話していた。松原は悔しくて仕方がなかったし、体のダメージも相当なものだったはずだ。高石が口を挟む。
「松原さん、大丈夫ですか。一番戦ってくれてたから。俺、なんも出来んで。俺、めちゃくちゃ弱くて。」
松原はすぐに
「大丈夫や。みんな怪我ないんやったら、仕事再開するぞ。動かれへんやつは、休んでてくれ。動けるやつは、戻れ、仕事に戻れ。」
松原はそう言いながら口から血をにじませ、足元をふらつかせながら持ち場に戻った。皆は、
「松原には、今は何も言わんほうがええ」
「何を言うたらええかわからん、」
そんな気持ちでとにかく持ち場に戻った。皆、どこか怪我していたし、どこか痛かったが口にする訳にはいかなかった。力の入らない腕で無理矢理シャベルを使ったり、痛めた足を引きずりながら、汗を流し始めた。

 松原達が痛い体を引きずって仕事をしている最中、体のやたらでかい男がのっしのっしと歩いてきた。荒本だった。荒本は荒い口調で「おい、兄ちゃんら大変やな。さっきボコボコにされてたやろ。怪我してるんちゃうんか、」
松原は、明らかに挑発的な口調なので相手にしようとしなかった。松原は、
「なんでもない、仕事中や。邪魔すんな。」
それを聞いた荒本が
「仕事、そんな血まみれのシャツで。大変やなあ、」
と顔を歪ませながら嫌味たっぷりに言うと他の男が荒本に近寄った。
「邪魔すんな言うたやろ。向こう行かんかい。」
それを聞いた荒本は、近寄る男の胸を突き飛ばした。近づいた男は簡単に弾き飛ばされた。それを見た他の作業員達も近づいて怒鳴る。
「何しとんや、やる気かお前、」
荒本はまたも突き飛ばした。荒本は、
「こっちは心配してるだけやないか。突っかかってくんなよ。そんな小さい体で。ワシ軽く触れただけやで、軽く。軽くさわっただけで転ばれても、わしどないもでけへんわ。まあ、やるんやったらやったるけどなあ、、」
荒本が下品な口調で話している最中に、荒本の仕事仲間が二人やって来た。
「おい、荒本、何さぼっとんねん、」
「早よ戻ってこんかい、」
その声を聞いた荒本は振り返りながら、
「すぐ戻るよ、弱いこいつらの心配をしたっただけで、」
と言いかけたが、二人の男達に腕や腰をひっぱられながら
「ええから戻るんや。日当てぐらいの仕事せえ、」
と言われ荒本は仕方なく戻って行った。松原も高石も、仕事仲間が吹っ飛ばされても何もしなかった。仕返ししたかったが、体が痛すぎて動かなかった。それに、さっきヒジ打ち男に負けた事が心にブレーキをかけた。ただ、ひたすら松原達にとっては、悔しい事が続く一日だ。

松原にとっては、本当に悔しすぎる一日だ。ヒジ打ち男にはブチ倒され、その後巨漢の男にはバカにされる。強さに憧れ続けた松原にとっては受け入れられないことばかりだった。
「何が元日本チャンピオンや。何がプロや、何がプロボクサーや。現場の喧嘩にも勝てん。俺の味方は何人おった。あんなけおって、俺は負けるんか、俺は役立たずか。」
松原は仕事中に、何度も手にした道具を落としそうになった。
「手に力も入らんわ。拳、折れとるんやろな、クソっ。頭もアゴも、腕も痛いわ。足も痛いわ。どないなっとんや。オレはただの弱虫か、クソっ、なめやがって。なめやがって、アホンダラ、」
松原は心の中でそんなことばかり言っていた。一輪車に土を入れて運ぶ。松原はふらつきながら必死で進むと、
「ガシャ、」
ひっくり返った。
「くそっ、やってやれるかい。」
松原は自分の悔しさばかり嘆いていたが、他の者も同じ状態なのは分かっていた。松原が全体を見回すと、足を引きずっている者がいて、片手で荷物を運んでいる者がいる。
「あークソっ」
と口にしている者がいる、そんな悔しい場面ばかりが目に入った。松原は皆に声をかけて回った。
「今日は、もう片付けよう。ちょっとだけでも、早よ帰ろう。」
「今日はすまんかった。ええ事なかった。」
「悪いな、俺弱すぎてな。」
皆、松原が謝る言葉など聞きたくもなかったが、何を返答してよいかも分からなかった。黙々と片付けを進めて帰る準備をした。皆が帰るためにトラックや車に乗り込むと松原は言った。
「みんな、先帰っといてくれ。俺まだ、ちょい残るわ。」

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