【連続小説】騒音の神様 91 松原のやる気

朝から照りつける太陽の下で、元プロボクサー、元日本チャンピオンも仕事に精を出す。現場の数人とは、夜の公園でボクシングを教えたこともあって仕事場の雰囲気は前にもまして良かった。時折、ヒジ打ち男の話題が出るがすぐに仕事の話に戻った。皆が、一日の仕事を段取り良く進めようとしている。少しでも、明日の仕事をしやすい状況にしたいと考えながら、目の前の仕事に取り組む。「適当に言われたことを、ノンビリする。」ような怠惰な奴は松原のまわりにはいなかった。松原もヒジ打ち男のことは頭の片隅に置いてはいる。万博造成現場の仕事の勢いと熱気のすごさに、しょっちゅうヒジ打ち男の事を口に出すわけには行かなかった。仕事に全力で打ち込み、職人として、現場の人間として松原は一人前になりたかった。松原の憧れは、会社の社長だ。社長も元プロボクサーで、たまにジムに顔を出していたので松原と知り合った。それから松原は、社長の会社で働きながら日本チャンピオンになったのだ。松原の現役時代には、松原がボクシングに打ち込めるように相当、融通をきかせてくれた。社長は元ミドル級で、見るからに強そうな男。ボクシングを引退してから会社をおこし、今では何十人も職人を抱えている。その中には、かつての松原や現在の高石のように、ボクシングをしながら働いている者もいる。松原は、社長のようになりたかった。誰より強く、金も稼ぎ、社長として慕われ尊敬される、そんな男に松原はなりたかった。そして、万博造成現場では松原が社長から現場リーダーに抜擢された。松原はやる気満々で仕事に打ち込んでいる。松原にとってヒジ打ち男は、戦いたい強い男であると同時に、現場を邪魔する者だった。現場を守りたい気持ちも当然、松原は持っていた。

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