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【まとめ読み】騒音の神様 121〜123 竹之内、ハーレーで万博現場を走る

竹之内社長に休みと言われた二日目も、松原は家で寝ていた。高石や他の従業員が心配して、松原に休みだと伝えていた。高石らは氷などを届けたが、松原は
「玄関に置いといてくれ」
とだけ言って顔を見せなかった。松原は家から動く気は無かったし、体も動ける状態ではなかった。
一方、万博造成現場では元気に喋りまくる男がいた。ダンプカーのおしゃべり男だった。
「ワシは見たんや。竹之内が来たで。竹之内、知ってるか、知らんのかい。しゃあない教えたろか。大阪最強の男やないかい。ボクシング元ミドル級チャンピオン、竹之内カイドウやないかい。知らんかったら覚えとかなあかん名前や。」
と現場の土砂を運び出すたびに長話をしていく。「竹之内工業の、松原がやられたんや。松原も強いんやで。チャンピオンやったからな。そやけどな、松原は軽量級や。小さいんや。竹之内社長は違うで。でかいんや。ゴツくてな。ヒジ打ち男を倒せるんは、竹之内社長しかおらん。ワシには分かる。」
「ワシか、わしの腰が悪なかったら、ワシがやってるでヒジ打ち男。そやけどな、この腰だけはどうにもならん。腰っちゅうのはそんなもんや。あいたたた、」
と会話の最中に腰を押さえて
「あいたたた、」
と連呼する。ダンプカーのおしゃべり男は、「腰ダンプ」とか「しゃべりすぎて腰痛になった男」等と呼ばれ出していた。

「おしゃべりダンプ腰痛男」がダンプカーを運転し現場を離れた。すると行き違いにハーレーが走って来た。当然、竹之内を探していた「腰痛がほんまかどうか分からん男」は一人声を上げた。
「来よった、竹之内来よったで。おもろいなあ、みんなに言いたいなあ。ヒジ打ち男も来んかなあ。こんなおもろい現場ないで、」
と興奮しながらダンプカーのスピードを上げた。「はよ、現場戻りたいなあ、くそう。急ぐで。」
 ハーレーにまたがる竹之内は、バイクを止めて誰かと話をし始めた。
「竹之内社長、久しぶりやな。珍しいやんか、社長が万博くるの」
「そや。ヒジ打ち男倒すんや。」
「ああ、知ってるで。えらい強いんやろ。ウチの者が見てるわ。呼んでくるわ。」
「俺が知りたいんは、いつ頃来るか、どこのどいつか、が知りたい。何か知ってたらええんやけど。」
竹之内はこうして話を聞きながらら一日中万博現場をハーレーで移動していた。何度も、造成地内のメイン道路にバイクを止めて行きかう車やバイクを眺めた。暑い陽射しの中で、汗がしたたり落ちた。竹之内を知る者が、たまに近づいて挨拶してくる。
「竹之内社長やないですか、どないしたんですか。こんな暑いとこで。」
「ああ、暑いのは好きなんや。ヒジ打ち男待ってるんや。」
等と言葉を交わす。
「話し好きの腰痛ダンプ」は、何度も竹之内を見かけたが近寄ることはしなかった。ダンプカーの中で大声で独り言を言う。
「あんな危ない奴と話せるかい、一日中おりすぎやろ。あいつがおると現場で喋るのも落ち着かんわ。適度に帰ってもらわんとなあ。」
噂話はしたいが、竹之内の近くに行くのは嫌なようだった。

竹之内はヒジ打ち男を探しながらも、万博工事の進み具合を見ていた。たまに現場をのぞきに来てはいたが、想像以上の規模の大きさに驚く。
「やっぱりでかいな、この現場は。最初下見に来た時は、森やったのになあ。道もできて平地も広い。これは凄いもんが出来るで。」
竹之内はヒジ打ち男を待ちつつも、工事現場の様子も興味深く観察する。ダンプカーの出入りの多さ、働く人間の多さ、そして現場からあふれる熱気と騒々しさが嬉しかった。
「世界の祭りやからな。そら盛り上がるで。こんな規模の現場見たことない。ますます盛り上がるやろ。明日からはウチの元気なもんは復帰やな。」
夕焼け空にセミが少し鳴いている。現場から皆が帰り出す。竹之内は夜勤組が出てくるまで現場にいた。夜勤の連中と少し話しをして現場を離れた。それから竹之内は、ハーレーに乗って松原の家に向かう。松原は相変わらず、家の中で寝転がっていた。しかし、ハーレーの音を聞いてすぐ社長が来たことに気付いた。
「あかん、社長来よった。こんでええのに。こんなパンパンな顔、見られたないんや。」
まだ腫れた顔を持ち上げて起き上がり玄関に向かうと、玄関が開いた。
「おう、上がるで。」
竹之内は遠慮せずに家にあがる。買ってきた氷を流し台で割り、桶に入れた。松原の顔を冷やすためのタオルを濡らす。松原は
「すんません、そんなことまでしてもうて。」
と言うと竹之内は
「えらい男前の顔になってるやないか。戦ってたら、そんな顔にもなるわ。戦ってる証拠や。あと、これ食いもんや。」
と笑顔を見せながら話す。それから竹之内は、現場を見てきたこと、これからの予定などを手短かに話して帰った。松原は、早く現場に復帰したくて仕方なかった。

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