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【まとめ読み】騒音の神様 104〜107 松原、デカ男へ仕返し

松原が一人残ると言うと他の者が
「もう用事ないやろ。何するんや。」
「車ないでしょ、どうやって帰るんですか、」
と心配そうに言う。
「今日は早よ帰って体、休めたほうが、」
と誰かが言ったとき松原は
「何も心配あらへん。体は丈夫なんや。打ち合わせや。帰りも知り合いに乗せて帰ってもらう。とにかく先、帰っててくれ。すぐ後で追いつくわ。」
と言うなり車を離れて歩きだした。高石が追いかけたが、松原に追い返された。皆、松原のことを心配していたが
「無茶はしないでしょ、先帰りましょ。社長おったら一応報告しましょ。」
そう聞くと皆、
「社長に言うしか無いな、」
と納得して帰ることにした。

松原は、痛い足を引きずらないように踏ん張って歩いた。探すのは、体も態度もでかい、口が悪い男。
「なめすぎやろ、バカにしすぎやろ。俺をなめすぎた。もう、元日本チャンピオンの肩書きは捨てよ。邪魔や。今はこの現場で戦っとんねん。なめるな。とことんやったる。」
松原は、デカ男が作業してそうな場所まで歩いた。それだけで汗だくになった。松原はデカ男が居そうな場所を見回したがいなかった。
「くそっ、駐車場か。また歩くんか。」
松原は、引き返しながら歩いた。途中、木杭を打つための小槌、木のハンマーを見つけたので手にして歩いた。しばらく歩くと、一台の乗用車が止まっていた。松原は見た。
「おった。後部座席かい。ええやろ、やったろ。」
乗用車の後部座席にはドアがないので、前のドアから降りなければならない。前のドアから降りるには、前の座席に座っているものがまず降りなければいけない。松原は、
「ようあんなでかい体で後ろ座ったな」
となにげなく思いながらどう攻めるか考えた。答えは一瞬で出た。松原は車に向かって迷わず歩いた。
「運転席が空いてるんか。運転役が戻って来たら出発か。助手席に一人。とにかくやったるわい。」
松原は車を観察しながら歩く。後部座席のデカ男は、体を縮めてあんパンを食べていた。松原は乗用車の後側に来ると、手にした木のハンマーを振り上げ、後部座席の窓を思い切り叩いた。ガン、ガン、ガシャン。後部座席の窓ガラスが割れると、松原はハンマーを中に突っ込み、デカ男の顔をハンマーで突いた。
「痛っ、」
「おい、デカ男、出てこんかい、」
車の中でデカ男、荒本があんパンをくわえながら慌てている。助手席側の男が飛び出てきて、座席を前に倒しデカ男が出れるようにする。
「荒本、はよ出てこい。」
松原は、運転席のドアを開けてそこから木のハンマーの頭の部分で二人をどつく。松原の背後から
「何しとんじゃ、ワレ」
ともう一人の男が現れて松原の体にしがみつき、車から引き離す。松原は、
「昼間はようやってくれたのう、俺が黙ってると思うな、」
と吠えながら木のハンマーを振り回した。その間にデカ男は後部座席から這い出るように、地面に転げ落ちるように車から出た。松原はハンマーを握りしめ、デカ男を追いかける。デカ男側の三人と、木のハンマーを手にした松原一人の戦いが始まっていた。

松原が一人現場に残ったあと、他の作業場達は車で会社に戻っている。車の中では、
「松原さん、何するんやろ」
「仕返しに決まってるやないか、」
「あのデカイ男やろ、現場におるしな。」
などと皆、松原が仕返しに行くのを分かっていたようだった。
「勝てるかな、」
「わからん。松原さん、だいぶ怪我してたし。拳、腫れ上がってたで。」
「今からでも、戻ったほうがええんちゃうかな。」
「今更、何ができるんや。社長に言うしかないやろ。」
「でも松原さん、現場の揉め事は社長に言うなって。俺がどないかするから、っていつも言うてました。」
「どないも出来へんこともあるやろ。」
車の中では、語気が強まり言いあいのようになって行く。その時、運転手がブレーキを踏みながら言った。
「一台もどろ。もう一台は会社に帰って社長に報告、これしか無いやろ。」
運転手は窓から手を出し、もう一台に止まるように合図した。
「一台、現場に戻る。喧嘩になるかもしれん。それでもええやつは、こっちの車に乗れ。帰るやつは、すぐ社長に報告や。」
そう聞いた皆は、それぞれ正直に車に乗り込んだ。高石は、現場に帰ることにした。万博に戻る車は、スピードを上げた。運転する男は
「なんで置いて行ったんや、くそっ。あんなデカイ奴、一人でどないか出来るかい。松原でも怪我ばっかりしとる。クソっ」
高石も、気が気で無かった。
「まだ、何もしてなかったらええけど。」
車はクラクションを鳴らしながら、現場に急いだ。
車で現場の駐車場に戻った高石らだったが、さっき帰るときより車はまばらだった。一通り、車で駐車場を走って見てから車を降りた。高石は
「今日おった所に戻りますわ。」
と言って、自分の足で走り始めた。残る二人も急ぎ足で急ぎながら、
「高石はさすが早いなあ。プロボクサーやもんなあ。」
「そのプロボクサーが全然、歯がたたん奴がおるんやな、」
「それより松原や。どっかおらんか、」
と言いながら周りを見渡しながら進む。しばらく歩くが、松原らしき姿は見当たらないし、デカ男も、当然ヒジ打ち男も見当たらない。
「しかし、とんでもない一日やで。ヒジ打ち男にやられて、その後デカイ奴も現れて。ふんだり蹴ったりの一日や。」
「ほんまや。こんなん初めてや。足もアゴも痛いわ。皆、明日仕事できるか、」
二人とも口から出るのは、自分でも嫌な言葉ばかりだし、聞くのも嫌なので黙って歩きだした。黙々と万博現場を歩くが、痛い足で進むには万博は広すぎるようで二人とも「ウッ」とか「痛っ」などが口から何度も漏れる。
「今日おったんは、この辺や。どや、おるか。」
「いや、おらん。デカ男が来た方向に行ってみよ。」
二人とも汗びっしょりな上に、また汗をかきながら進む。空の色が変わり始めて、二人にとって無駄に美しい夕焼け空が現場を包んだ。
「高石もどこまで行ったんや。」
とにかく足を前へ進めた。

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