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【まとめ読み】騒音の神様 111〜114 竹之内工業の社長、竹之内塊童(たけのうち かいどう」

皆でわいわいと晩飯を食べた後に、社長が言った。
「あしたは、みんな休みや。あさっての朝、会社来い。」
それを聞いて従業員達は、どんな反応をして良いか一瞬分からなかった。松原はすぐに切り出した。
「いやいや、社長。行きますよ。俺行きますからね。」
社長はすぐに
「休みや。みんな、休むんや。ええな。」
松原は、くいついた。
「誰か他の人間入れるんですか、間に合いませんよ。俺行きますし。他も、来る奴おるし。高石、お前来いよ、」
社長はもう一度言った。
「みんな、休むんや。ええな。何回も言わすなよ。」
場がシーンとした。本気の社長だと皆わかった。社長は落ち着いてゆっくり話し出した。
「ええか、あしたは休むんや。体を休めろ。現場の事は心配せんでええ。一日二日、どうにかする。戦った後は休むもんや。ええな。」
皆が心配していた事が起こりそうで、怖かった。
「社長が動く、それはあかん。絶対あかん、」
と今日の騒動の帰り道、誰ともなく口にしていたし、口にしなくても分かっていたことだ。古株の一人が勇気を振り絞るように、唸るように言葉にした。
「社長、気持ちは有難いんですけど、わしら大丈夫です。明日は、、」
「黙れ」
社長の即答で誰も何も言えなくなった。
「どえらい事になってしもた。どえらい事をしてしもた。」
心の中で皆が、今日一日の行動を言動を後悔し始めた。
「何があかんかったんや。どこで、どう間違うたんや。やっぱり相手叩きのめさなあかんかったんや。」
「わしら負けてしもたからや。わしも、もっと武器持って突っ込むべきやったんや。」
皆がそれぞれに、考えをめぐらせて今日の行動を反省する。
「社長が動く。」
竹之内工業の社長、ボクシングミドル級元日本チャンピオン、竹之内塊童(たけのうち かいどう」が動きだす。

ほんのひととき、穏やかで賑やかだった雰囲気が、凍りつくような緊張感ただよう雰囲気になった。凍りついた空気、押し潰されそうな圧力の中で解散になった。皆、黙って家に帰った。
現役プロボクサーの高石は、ジムの練習を休んだ。帰り道、高石が松原を助手席に乗せて運転した。高石は、松原に話しかけた。
「松原さん、社長ってそんなに怖いんですか、みんな何心配してるんですか。一日休めって言うただけやと思うんですけど。」
松原はそんな質問が来るとは思っていなかったので驚いた。松原答えた。
「そうか、知らんか。教えたるわ。ゆうても、俺も直接は知らんねんけどな。聞いた話や。そや、俺も聞いた話ばっかりやねんけどな。」
そう言って松原はしばらく黙った。それから落ち着いて話し始めた。
「まず、社長はミドル級のチャンピオンやったんや。あの体見たら分かるやろ。でかい階級や。日本で一番殴り合いが強かったゆうことや。それからな、」
松原は次に何を話そうか考る。話すだけで、口の中もアゴも頭も痛い。松原は、晩飯をほとんど食べずにジュースだけ飲んだ。痛い口を動かしてまたまた話し始める。
「社長は、世界チャンピオンになりたかったみないやな。せやけど、世界チャンピオンになるには、ジムの力もいるらしいわ。お金とか、人脈とかかな。ジムの会長のやる気とか。俺もようわからんけど。とにかく日本から世界目指すのは、難しかったゆうことや。なんぼ強かってもな。それからな、」
少し話してから、また松原は社長について聞いた話を思いだしながら、何を話そうかと色々考えをめぐらしながらしばらく黙った。

松原は社長との記憶をたどるように思い出しながら話しを続けた。
「俺がこの会社に来たんは、社長が誘ってくれたからや。ジムに来てはってな。ごっつい体でサンドバッグ叩いてるの見たけど、ド迫力や。ばけもんや思たわ。でかい体で、めっちゃ速いパンチや。音も、サンドバッグの揺れもすごかった。練習のあと、俺に仕事の事、聞いてくれてな。日雇いばっかり行ってる、チャンピオンなりたいて言うたら、うち来いや、言うてくれて。試合のときは融通効かしたる、言うてくれて。ジムの会長も、薦めてくれて俺すぐ竹之内工業入ったんや。」
松原は話し続ける。
「俺、チャンピオンなりたいんですわ、言うたんや。ほな社長、お前やったらなれる。面倒見たる、言うてくれて。嬉しかったで。めちゃめちゃ強そうな人に言われて。それもチャンピオンになって、それから社長やってる人に、チャンピオンなれる、て言うてもらえたんやから。そら嬉しいわ。」
そう言ってから、しばらく松原は黙った。車から見える景色をぼんやりと眺めながら、車は走った。しばらくすると、松原の家に到着した。松原は慌てるように
「ああ、着いたか。もう着いてしもたか。まだ、社長のこと言いたかってんけどな。とにかく社長は強いんや。ボクシングも喧嘩も、めちゃくちゃ強いんや。社長が暴れ出したら、誰も止められへん。みんな、それを心配してるんや。まあ、とにかく送ってくれてありがとう。朝、俺んとこ寄ってくれ、」
運転していた高石が、
「いや、あしたは休みやと、社長が、、」
松原が
「ええねん。俺んとこくるだけや、頼んだで。」そう言って、家の玄関に向かって歩いた。

それぞれが皆、社長の事を考えながら家に帰った。松原も家に送ってもらう車中、
「俺はやってしもた。社長に迷惑かけてしもた。俺が負けたからや。ヒジ打ち男に俺が勝ってたら、こんなことになってない。くそっ、くそう、」
とパンパンに腫れ上がった顔で、何度もおもっいた。松原は色々と社長の事を、同乗している者達に伝えたかったが口が上手く動かずに言えなかった。それもまた松原は悔しかった。
家に帰ってから、松原は珍しく鏡を見た。ほとんどふさがった目から見える自分は、自分の顔ではなかった。
「こんな顔、ボクシング時代も無かったわ。泣けてくるわ、」
そう言いながら流し台にむかい、頭から水をかぶり続けた。氷は無かったので、タオルに水をひたして顔にかけて横になった。
「はあ、明日どうしよ。明日どうしよ。社長、現場行くやろな。万博行くんやろな。俺、どないしたらええんや。社長、暴れるかな。会社、大丈夫かな。俺が一番、社長の役に立たなあかんのに、ボッコボコや。どうしたらええんや。わからん。わからん。」
松原は、考えながら意識を失うように寝た。意識がある間に思った言葉は、
「明日来んな、あした来るな。隕石でも落ちてこい」
だった。

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