見出し画像

【連続小説】騒音の神様 97 ボクサー松原と、ヒジ打ち男ハナモリの決着

松原が投げたシャベルは、花守が簡単に腕で弾いた。花守の頭にも当たったが、ヘルメットを被っているので軽くカツンと音がしてシャベルは飛んで行った。松原は左手のガードをあげながら、ボクシングスタイルで前に踏み込む。松原の右パンチは、ストレートとフックの間のような軌道でヒジ打ち男のアゴを狙う。花守も前に突進しながら右のヒジを放った。大きなガタイに似合わないようなスピードで、花守の右ヒジが松原のこめかみに直撃した。ガツンと音がして、松原の頭部が大きく揺れた。松原の石を握りしめた右パンチが花守に当たったのは、その直後だった。ただし、当たっただけだった。松原が握りしめていた石は、花守のアゴに当たった瞬間手を離れた。松原は、五メートルほども横によろめき、それから足がもつれるように倒れた。誰が見ても、すぐに立てそうではなかった。松原が殴られた後に右のパンチを当てたのは、長年の練習で体が覚えた動きと、絶対にヒジ打ち男を倒してやるという松原の、元日本フェザー級チャンピオンの意地だった。花守は、アゴを小さく切ったようでじんわりと血がにじんでいた。ダメージは全くなさそうに堂々と立ち、周りを見渡す。誰も、花守に、ヒジ打ち男に向かっていく気配はなかった。その時、拡声器の割れた音が響き渡った。「静かにするんや。大人は静かにせい。子供の音を、街に響かせるんや。騒音は邪魔なんや。子供の音の邪魔をするな。街に、子供の音を鳴り響かせるんや。今は、それが出来る時代なんや。工夫せい。頭を使え。ええな。子供の出す音全て、聞こえるようにするんやで。」神様は少し離れた軽トラックの荷台の上に立ち、堂々と話した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?