【連続小説】騒音の神様 26 上野芝、ヤル気満々

上野芝が次の日、仕事に行くと夜勤上がりの作業員達が顔を腫らしていた。会社の話題は昨夜現れた強い男と拡声器のお爺さんの話で持ちきりだ。上野芝も話に参加し、何があったのかを興味深く聞く。上野芝は喧嘩が大好きで、いつも合気道の技を試したくてウズウズしているから昨晩の話に興味津々だ。一人の顔を腫らした男が言う。「体がゴッツいんや。身体がなんか、全部強い。あとヒジ討ちやな。とにかくヒジ討ちをくらわしてくるんや。」上野芝が「よけられへんのか、パンチはくらわしたんか、まさか黙ってやられたわけやないなろな。」男が答える。「避けられへんねや、威圧感がすごうてな。気付いたら肘くらってる。スコップ持って突っ込んでもあかんねや。とにかくめちゃめちゃ強いんや。」そう言いながら男は仕事終わりの酒を飲む。上野芝や、今から万博工事に向かう作業員達も話を熱心に聞く。「わしにも酒くれ、」と言いながらこれから仕事に向かう作業員達の中にはすでに酒を飲み始める者もいる。現場仕事の資材や道具をおいてある場所で、酒と煙草の煙りが漂う。1960年代にはしばしばある風景だ。
 上野芝は元気に吠えた。「俺の出番やないか、まかせとかんかい。オッサンらには無理やろ。俺の合気道の出番やないかい。」と言うとすぐ「あれが合気道が、ほとんど殴り倒しとるやないか、」と作業員達からツッコミが入り笑いが起きた。何人かは、上野芝の喧嘩と合気道を見たことがある。昨晩、上野芝と一緒に飲んでいた男達が昨日のことを話し始めた。「昨日もコイツ、いざか居酒屋で喧嘩しましたよ。三人相手に、合気道と言うか殴りまくってましたよ。」と言うと「ほらみてみ、やっぱり殴ってばっかりやないか、」と明るい笑いが広がった。上野芝は、「いやいや、待って待って。合気道の技出したって。合気道はタイミングが大事なんや。そのタイミングで技出すんが俺やがな。」と威勢よく話す。夜勤上がりの仕事終わりの者達、これから仕事に向かう者達が賑やかに酒盛りのようにしばらく話をした。上野芝は、黙々とトラックに資材を積み込む社長に「社長、俺、夜勤に変えてや。俺が合気道でぶん投げるから。」と言うと社長は、「よっしゃ。頼むで上野芝。現場荒らされて黙ってられへんからな。」と力強く言う。それを聞いた上野芝も、他の男達もやる気が、戦う気がさらに湧いてくるようだった。上野芝は、「まかせといてくれ」と言いながら早くそのヒジ討ちの男、ヘルメットとゴーグルを装着した男と出会いたくて仕方がなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?