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【まとめ読み】騒音の神様 95〜98 松原と花守の戦い決着

高石が打ち込んだパンチは、サッパリ効いていないのが高石にも分かった。ヒジ打ち男こと、盛山花守は背中ごと高石にぶつかるように動いた。花守はそのまま背後を見もせずに、ヒジを後方に打ち込む。高石は必死で回り込み避けた。高石が回り込んだ方向に、松原も回り込もうとしていたので二人はぶつかった。二人の男が同じ場所に立った瞬間、花守は二人に体ごと突進する。ヒジを両側に突き出しながら、飛行機のように。松原は避けたが、高石はぶつかり地面に飛んでいく。松原は高石の心配をしている暇は無かった。ヒジ打ち男、花守の横から、右フックを打ち込む。正確にアゴにヒットした。ただ、残念ながら花守に効いている様子は無かったし、松原にもそれは分かった。松原が何発パンチを打ち込んでも、ヒジ打ち男に効いていない。それだけでなく、松原の拳が壊れそうに感じた。
「でかい男のまわりを、小さな男がただ動き回ってるだけやないか。パンチは当たるけど、効かん。拳がイカれてまう。どうやって倒す、どうやったら倒せる、」
松原は必死で倒す方法を考えた。それも、一瞬のうちに答えを見つけ出さなければいけない。
「くそう、分かってる。パンチを打ち続けるだけや、相手が倒れるまで。しかし疲れる、いつもより疲れる。なんやこれは、」
松原のは激しく呼吸をしていた。まさに、ぜえぜえ、ハアハアと息をしている。パンチのガードが下がっていく。ボクシングの日本チャンピオンにもなったことのある松原にとって、疲れるような時間は経っていないはずだった。周りの男達からは、
「高石、邪魔すんな、下がれ」
「松原、言ったれ、」
と言う声が飛んだ。その中に、
「松原、一旦下がれ、」と言う大声が聞こえた。

松原に下がれと言った男が、シャベルを振りかぶって突っ込んで来た。松原は声に従った。下がりながら走り、ヒジ打ち男から距離を取った。振り上げられたシャベルが振り下ろされる前に、花守は前に出てシャベルの持ち手を抑える。そのままヒジを顔面に打ち込んだ。シャベルの男はひっくり返り、一瞬宙に浮いてから地面に落ちた。
「俺らも行くで」
と声があがり、他の男達も次々と花守に向かって行く。地面をならすトンボを手に突っ込む男。花守はトンボの先を片手で抑えてから押し返した。トンボの男は後ろに跳ね返され転んだ。花守の背後から、小さなスコップで背中を突き刺そうとする男。花守が振り返りながら、ヒジを振り回すとスコップが飛び、そのまま頭部にヒジが直撃。スコップの男の足はグラグラと揺れて、立っていられなくなった。その間、松原は呼吸を整えようと大きく呼吸をする。その間も、視界の中で仲間達が吹き飛んでいく。
「どうする、どうする、どうやったら倒せる。俺どうするんや。俺はチャンピオン違うかったんか、訳のわからん名前も知らん男に勝たれへんのか、俺どうするんや、」
松原はヒジ打ち男を倒すための、最善の策を考えた。右手で落ちているシャベルを拾い、左手で地面の石を拾った。松原は前に出た。
「オラーーー」
と叫びながらヒジ打ち男にシャベルを投げつけた。それから左手の石を右手に持ち替え握りしめる。手に何かを握ると、パンチ力が倍増する。石の重さがハンマーのような力を産み出す。松原は石を握りしめた右パンチに全てを賭けた。元ボクサーだからと、自分の拳だけにこだわるのはやめた。

松原が投げたシャベルは、花守が簡単に腕で弾いた。花守の頭にも当たったが、ヘルメットを被っているので軽くカツンと音がしてシャベルは飛んで行った。松原は左手のガードをあげながら、ボクシングスタイルで前に踏み込む。松原の右パンチは、ストレートとフックの間のような軌道でヒジ打ち男のアゴを狙う。花守も前に突進しながら右のヒジを放った。大きなガタイに似合わないようなスピードで、花守の右ヒジが松原のこめかみに直撃した。ガツンと音がして、松原の頭部が大きく揺れた。松原の石を握りしめた右パンチが花守に当たったのは、その直後だった。ただし、当たっただけだった。松原が握りしめていた石は、花守のアゴに当たった瞬間手を離れた。松原は、五メートルほども横によろめき、それから足がもつれるように倒れた。誰が見ても、すぐに立てそうではなかった。松原が殴られた後に右のパンチを当てたのは、長年の練習で体が覚えた動きと、絶対にヒジ打ち男を倒してやるという松原の、元日本フェザー級チャンピオンの意地だった。花守は、アゴを小さく切ったようでじんわりと血がにじんでいた。ダメージは全くなさそうに堂々と立ち、周りを見渡す。誰も、花守に、ヒジ打ち男に向かっていく気配はなかった。その時、拡声器の割れた音が響き渡った。
「静かにするんや。大人は静かにせい。子供の音を、街に響かせるんや。騒音は邪魔なんや。子供の音の邪魔をするな。街に、子供の音を鳴り響かせるんや。今は、それが出来る時代なんや。工夫せい。頭を使え。ええな。子供の出す音全て、聞こえるようにするんやで。」
神様は少し離れた軽トラックの荷台の上に立ち、堂々と話した。花守は、軽トラの上で演説する背の小さなお爺さん、こと神様の方向へ堂々と歩く。軽トラの下に来ると花守は、神様を両手で持ち上げ地面に下ろした。それから二人は現場を歩いて立ち去った。
 大きな音がする機械は、神様が止めて回ったので急に不思議な静けさになっていた。セミの鳴き声が、空に吸い込まれるように響いている。松原は、打ちのめされていた。誰かが水を持って来て、地面に伏せたままの松原の頭にかけた。松原はそれでも動かなかった。しばらく意識がとんで動けなかった。意識が戻っても動きたくなかった。かけてくれた水にまぎれて泣きたかった。そして実際に、泣いていた。周りの男達も、それに気付いて誰も近寄らなかった。現役プロボクサーの高石は、三角座りをして動かなかった。うつむいた顔から流れる汗だけが、ポタポタと地面に落ちた。誰もが、しばらく何をしていいか分からなかったし何も話したくなかった。ヒジ打ち男に倒された者達は、アゴも体も痛かった。男達がじっとしたままの現場をセミの音が包み続けた。花守と神様がいなくなった造成現場に、太陽は眩しかった。

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