【連続小説】騒音の神様 27 盛山カブを練習する
万博造成現場へ行った後のある夜、盛山は河川敷に来ていた。地面の悪い場所を走る練習だ。前回の万博では真っ暗な森の中を走ったが、木に激突せず、また転倒もせずに走れた。ただそれは、初めての出来事での集中力と運が良かっただけだと盛山は思った。いわゆるビギナーズラックだ。「次、あの状態で無事に走れるかどうかわからん。バイクの腕を上げなあかん。」盛山はそう思い、河川敷にカブで走りに来たのだった。河川敷はすっかり暗く、夜の練習にはピッタリだ。地面は土で雑草も生えており、土手は坂になっている。木も生えていて盛山は「ええ場所や」と土手を斜めに降り出すと、いきなり滑りこけた。「あかん、いきなりやな。」盛山は、これからとばかりにまた走り出す。「ヘルメット貰って助かってるな、バイクはこける。あとこのゴーグルにも慣れとかんとな、」とぶつぶつ言いながら雑草の中を走る。でこぼこな地面を蹴りとばしながら進み、川岸までくるとタイヤを泥にとられる。カブ降りて、自分の足で押しながら進む。靴はドロドロだ。「暗いからさっぱり地面の具合がわからんな。でも、これも慣れとかんと。」と言いながらまた走り出した。
神様は、土手の上から盛山の走る様子や景色を眺めていた。そして真っ暗な川を見つめながら「大和川は急に汚くなったなあ。へんな匂いもするようになったなあ。時代とはこんなにも汚いものを生み出すようになったのか、」とだいぶ悲しげな様子だ。「ここに大和川が付け替えられたときは、わしは驚いたはずだ。立派な川が人の手で作られるなんて、と。まさかその偉大な川がこんな汚い川になるとは予想もつかんかったなあ。覚えてないけど。」と、神様は自分がなんでも忘れてしまうことも悲しかった。夜の大和川の土手に聞こえてくるのは、水の流れる音、トラックが近くを走る音、盛山が走るカブの音、遠くで行われている工事の音、そしてどこからか赤ちゃんの泣き声。神様は、赤ちゃんの声が聞こえて幸せそうに「元気な泣き声やなあ。赤ちゃんの泣き声は昔から覚えてる。変わらんなあ、きっと未来の赤ちゃんの泣き声も元気やろなあ。」そう言いながら、盛山がバイクを走らせる間ずっと色んな音を聞き続けていた。