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映像というメディアで見るダンスについて考えたい〜ミュージカル映画のダンスシーンってなんのためにある?

こんにちはソノです♡
今回は映像作品で見るダンスシーンの価値についてお話したいと思います。

バレエの記事が続いていましたが、今回は趣向を変えて。
何を隠そう私はミュージカル映画が大好き。大学学部時代の卒業論文でもバレエではなくミュージカル映画を題材に選んだほどです。
厳密にいうと、ミュージカル映画のダンスシーンが好きなのですが。

ということで、ミュージカル映画のダンスシーンの役割についての考察から、
実物の舞台ではなく映像作品になっているダンスも立派なダンス作品だろうって思うというお話です。

早速ですが、
ミュージカル映画におけるダンスシーン、
私はこれもれっきとしたダンス作品になり得ると思っています。

その存在価値が
映画をショーに転換する装置
という点にある、と考えるからです。

ミュージカル映画は映画としての機構とショーとしての機構の二つを兼ね備えた二刀流のメディウムです。

映画として成り立つために、登場人物の設定や役があり、ストーリーがあり、起承転結が起こります。
一方で、ミュージカル映画はそれだけでは終わらず、
ショーとして観客の前に現れます。
今見せている映像がショーであることを担保するのが、歌でありダンスでしょう。

歌とダンス。

歌は映画の中で、必ずと言っていいほどストーリーに直結した歌詞、節回しを持っています。
たしかに、歌う必要はないが歌っているという点では、十分にショーとしての柱を支える要素といえますが、あくまで半分はストーリー展開を支えてもいます。

ダンスシーンはどうでしょうか。
ダンスの振りや動き、ポジションそのものが
はっきりとなんらかの意味を表す言語になることは
そうそうありません。

パントマイム、バレエのマイム等は固有言語として、ストーリーを伝える役割で成立してはいますが、ミュージカル映画のダンスシーンに登場することはあまりありません。

そうなると、ミュージカル映画におけるダンスシーンでは、ダンスシーンに、物語展開や登場人物の感情を補完する役割以外の役割を担わせていると言えるでしょう。


ミュージカル映画のダンスシーンが担う役割について思いを巡らせながら、さらにもう少し作品を見ていきます。

最近ダンスシーンで話題になったミュージカル映画作品といえば、『ラ・ラ・ランド』ですかね。

『ラ・ラ・ランド』は伝説となっている(であろう)作品のダンスシーンをオマージュしたダンスシーンで話題になりました。
例えば、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャース の公演でのタップダンスや、『キス・ミー・ケイト』で定番化したお衣装のカラーリング。
プールのシーンは『フットライト・パレード』かしら?と思わず深読みしてしまいます。(この後の文章でもわかるようにソノは『フットライト・パレード』が大好きです)

ミュージカル映画には、
映画として伝説的な作品とは別に、
ダンスシーンによって特別視されてきた作品たちがあるのです。

『ララランド』では、ダンスシーンによって特別視されてきた作品たちの、まさにそのダンスシーンが散りばめられています。

ミュージカル映画を語る時、
ダンスシーンのあり方に注目することは、
作品に対して、映画としての評価軸とは別にショーとしての評価軸を出現させます。 

映画としてではなく、ショーとして評価することが可能になり、映画としての善し悪しとは関係ない、別の価値を付けることができるのです。
ダンスシーンを加えることで、映画は映画としての存在とショーとしての存在の2つを同時に抱えることになるのです。

とは言え、『ラ・ラ・ランド』は、ストーリーも面白くて映画としても面白かったと思いますが…



最後に、ミュージカル映画がもはや映像で見れるショーであった時代の話をします。

バスビー・バークレー監督『フットライト・パレード』や、『トップ・ハット』等のタップダンサー、フレッド・アステア出演作が公開された時代、
それが1930年あたりのアメリカの恐慌時代です。

『フットライトパレード』で並ぶ露出度の高いお衣装の女の子たちは言わずもがな、皆さんのショーガールのイメージになっているのではないでしょうか。

【画像】『フットライトパレード』


制作会社ワーナーがバークレーとタッグを組んで作ったこの噴水付き巨大プールは『42番街』でも再登場しています。せっかく作ったのだしね。
大掛かりなセットと大人数の女性ダンサーという組み合わせは、ミュージカル映画でのショーガールの典型ともなりました。

ええそうです。テクニック、メソッド、正確なポジションといったダンスの技術ではない。
巨大なセット、豪華な衣装、大人数という大規模感が観客を沸かせたのです。
ショーの仕掛けとしてのダンスシーン、ダンサーの誕生です。

ダンスの技術、テクニックを見せるミュージカル映画はスター、フレッド・アステアの登場を待つしかないでしょう。

同時期、タップダンサーのフレッド・アステアがミュージカル映画に登場するようになりました。
アステアのタップが堪能できるミュージカル映画は『トップ・ハット』、オードリー・ヘップバーンとペアを組んだ『パリの恋人』など枚挙にいとまがありません。

【画像】『トップ・ハット』

彼の出演作、注目すべきポイントは
同時期のバークレー作品の魅力であった大規模感に生身一つで対抗している点です。

アステアのタップダンスシーンは、ほとんどの場合ワンカット。そしてアップやクローズがなく、頭の先から足の先まで全て映る画角で撮影されています。

つまり、劇場のプロセニアム(舞台を囲う縁)と映画のフレームが同じ役割をしている。
劇場でアステアを見る感覚で映画のアステアが見れるということです。

これはまさに映画を一つのショーケースとして見せようとする試みと言えるでしょう。


ミュージカル映画のダンスシーンには特別な役割があると思っています。
ダンスシーンは映画をショーに転換する装置なのです。

このことに気づき認めることで舞台だけがショーを見せる媒体ではなくなります。映像だってショーを見せるための媒体なのです。

いまはYouTubeなどネットでもたくさんのダンス動画が上がっています。コロナ禍で映像配信も当たり前の選択肢となっているでしょう。


ショーを見る。
そのための媒体としてもう90年以上も前から、
映像作品という選択肢は許されていました。


もちろん舞台で生でみるショーは特別な価値がありますよね。しかし、映像と実際の舞台、上下をつけるものではなく、それぞれの役目をもっているそれぞれのメディウムであって並列するものであると私は考えています。上下をつけるならお好みで。好き嫌いはありますからね。
ただ、生でも見れる舞台の映像化作品についてまた違うかも…?と補足だけしておきましょう。


ただ、ミュージカル映画は映像というメディウムの特性を使いながら表現してきた、ショーでもあると言えるのです。

そしてそのショーを支えるのは、
時に華やかで驚くほど大規模、
またある時は超人技やスター性を1番いいところで見せてくれる、
そんな伝説のダンスシーンたちです。




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