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元夫・伊原哲哉の証言 【小説】どの顔もあの女#4

 高梨さんは僕の元妻です。メールでご連絡いただいたときは、詳しくはお会いしてからとのことでしたが、真矢がどうかしたんですか? えっ、殺された? ……ちょっと言葉が出ないです。
 あなたは今の彼氏さん、ですよね。事件解決に向けて、真矢のことを調べている、と。わかりました。すべてお話しします。ただ、今の彼氏さんが聞くと、不快な気持ちになる話もあると思います。それもお話しして大丈夫ですか? わかりました。

 真矢と出会ったのは仕事です。僕が抱えていた大型案件で、仕事を発注していたライターが体調を崩してしまったんです。そのとき周りに優秀なライターを知らないかと聞くと、挙がってきたのが彼女の名前でした。僕は彼女の存在を知らなかったんですが、過去の実績を見ると安心して任せられそうなことがわかり、彼女に依頼することにしました。
 当初依頼していたライターよりも仕事が丁寧で、信頼できることがわかり、彼女の印象がとても良くなったんです。ピンチヒッターをしてくれたお礼にと食事に誘い、それからは自然な流れで付き合うようになりました。
 彼女の見た目ですか? 僕、自分が目が細いんで、目がぱっちりした女性に惹かれるんです。彼女のくっきりした二重は印象的でした。

 結婚は付き合って1年でしましたね。僕自身は結婚に乗り気ではなかったんですけど、真矢に押された形です。当時、彼女は20代後半だったので、焦りもあったのかもしれません。
 僕は真矢という本命の相手がいながらも、普通に他の女性に誘われると食事に行くこともあったし、自分から誘うこともあったし、それなりに遊んでもいました。バレてなかったと思いますよ。彼女には「気前のいい彼氏・夫」の顔しか見せていませんでした。
 付き合っているときから、結婚してからも、彼女にお金を出させたことはほとんどなかったですから。1年に1回、彼女がどうしても「哲哉の誕生日をお祝いしたい。奢らせて」というときだけ、彼女に支払ってもらっていました。家賃も光熱費も外食費も全部僕持ちです。
 大手広告会社に勤めていると、決してモテなくないんですよ。金を持ってて、見た目が普通で、女性に優しくできる男には必ず女性から寄ってきます。付き合っている彼女のことは特別扱いしてるんだから、いいじゃないかと思っていました。

 離婚の原因は、よく言われることですけど、性格の不一致って言ったらいいんですかね。いつからかセックスレスになって、「もう私のこと、嫌いなの?」と聞かれました。「何か嫌なことがあったら言って。直すから」とも。
 そのころ、僕は好きな人がいたんです。というか、その人と付き合っていました。真矢という妻がいながら、なので良くないことだとわかってはいたけど、心には逆らえませんでした。もちろん真矢にそんなことは話せません。不貞行為がバレて離婚になると、僕が慰謝料を払う羽目になるので……。だから外に彼女がいることは隠し通しました。彼女は仕事で関わったイラストレーターの若い女の子です。
 真矢には、「真矢は悪くない。俺は今まで付き合った彼女とは1〜2年経つと、セックスレスになってしまうんだ。好きなのに勃たなくて。家族的な関係になった相手とは、どうしても無理なんだ。本当にごめん」と嘘を吐きました。真矢は泣いて、戸惑いながらも、それを信じていたと思います。
 それから2カ月後に、離婚しようと言ってきたのは真矢からです。「パートナーとセックスできないのは悲しいから」と話していました。「哲哉にそういう特殊な事情があるなら仕方ないね」とも。真矢の素直さに感謝しかなかったです。真矢は素直で真っ直ぐな女性でした。真矢は悪くなかったんです。おかげで形的には円満離婚で、慰謝料などもまったく発生しませんでした。

 離婚してからは全然会っていません。もちろん連絡も、です。僕自身、真矢に申し訳ない気持ちしかないので、連絡をしてみようという発想すらなくて。SNSではつながっていますけど。ときどき真矢の投稿が表示されて、そこにあなたが何度か写っていたので、新しい恋人ができたのかなと思っていたくらいです。
 だいぶ前に別れた元妻ですが、縁があった女性です。彼女が亡くなってしまった理由、わかったら教えてください。


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