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スナック優美・ママの証言 【小説】どの顔もあの女#5

 真矢ちゃんの話を聞きに来られたんですよね。営業前で忙しいから手短に頼みますよ。真矢ちゃん……もちろん覚えてますよ。12〜13年前のことだけど忘れませんよ。だってあの子、不義理な辞め方したんだから。
 うちのお客さまを4人くらい取っていったんですよ。いえ、あの子から直接聞いたわけじゃありません。辞める前は「大学が忙しくなったから辞めさせてください」って。でも、しばらくしたら、真矢ちゃんを気に入っていたお客さまが、うちに来なくなったんですよ。みんな、真矢ちゃんと仲が良かったお客さまだったから、これは何かあるなと思いました。別の店に移籍したんじゃないかって。
 お客さまがぱらぱらと戻ってくるようになったのは、3カ月くらい経ったころだったと思います。冗談っぽく「久しぶりね。真矢ちゃんが辞めたのと同時にいらっしゃらなくなったから、寂しかったわ」って言うと、お客さまが言うんです。「あの子、怖いよ」って。
 聞いたところによると真矢ちゃん、国分寺のキャバクラで働き始めていて、うちのお客さまを呼んでいたみたいなんです。来店してもらうだけじゃなくて、外でお金を使わせようともする、って。あるお客さまは、「控えめにおねだりしてくるから、いろいろ買ってあげたんだよ。でも、ただ金を使わされるだけで、手すらつないでくれない。このままだと金を吸い取られると思って、もう縁を切った」と話していました。
 でも、うちに戻ってきたのはそのお客さまひとりでした。おそらく他の3人も金づるにしたんでしょう……。

 あと、うちの常連客だった鳶職の亮ちゃんも、真矢ちゃんに手を出されましたね。店で出会ってしばらく経ってから、なんかこのふたり怪しい? とすぐにピンときました。普通に接しているようで、どこかお互いを意識しているんです。私も40年近く水商売やってるでしょ。それくらいすぐわかります。
 亮ちゃんは毎日のようにうちに来てたんですけど、真矢ちゃんと付き合うようになってからは、ほとんど顔を出さなくなりました。別れてからまた来てくれるようになりましたけど。しかし、まあ怖いですよ。
 亮ちゃんに聞いたら、最後に会ったときにプロレスの技を本気でかけられたって……。暴力的ですよね。別れて正解だったと思いますし、辞めてくれてよかったのかもしれませんね。お客さまに対し暴行事件を起こされたら、うちもたまったもんじゃないですから。

 だけど、気の毒よね。30代で亡くなっちゃうのはね。どう考えても早すぎますよ。


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