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蒸し暑い土曜日、午後2時半、5本目のビールとセブンスター。

 蒸し暑い土曜日、午後2時半、5本目のビールとセブンスター。俺の貴重な安月給と休日は、大抵が安い酒とタバコに消える。金も家庭も輝かしい目標も無い。自分でもまあ、すっからかんだと思ったりする時も無くはないが、向上心や野望なんかはずっと後ろに置いてきてしまった。
こっちだってやりたくて人生やってる訳じゃないし、息をしているだけで無期懲役みたいな毎日に飽き飽きしている。

 昔は良かった。もっと空の色は鮮やかだったし世の中は暖かかった。なんて、こんな事を言うと年寄り臭くて敵わない。時代とやらは知らない間にまるっと変わってしまった。今の子供は仮面ライダーがもともとバッタだってことも知らないんだろう。俺の頃のはスーパー1だったか、BLACKってのも薄っすらと覚えている。まあ当たり前っちゃ当たり前だけれど、俺にだって仮面ライダーなんぞに憧れて変身の練習をしたかわいい時期だってあったのだ。
 嗚呼、若者たちよ。すべての人間が、価値観をアップデートし続ける力があると思うなかれ。走り去る時代に追いつく脚力は歳とともに衰えてしまった。ずっとマラソン大会で最後尾を走っているような、取り残されるっていうのは虚しいものなのだ。
 
 こんな、らしくもない湿った感傷に浸ってしまうのは、今朝の夢にあの人が出てきたからだろう。錆びた手すりのベランダで、煙草の煙を空に撒く。体に良くないだとか、肺が黒くなるだとか、心配してくれるような人はもういないし、自分で自分を大事にできるような人間だったらこんな風にはなっていない。汚れた煙で体を満たすと、その分自分から汚いものが押し出されていくような錯覚。無意味なデトックス。くだらない悪循環。それでも、停滞しているよりはマシな気がする。最近はどんどんと吸える場所が無くなって、外ではちっぽけな喫煙所で他人と並んで地面を見つめて吸うしかない。喫煙者には肩身が狭い、世知辛い世の中だ。やっぱりこうやって、ベランダで外を眺めながらアンニュイ気取りで嗜むのが一番だろう。あの人は、煙草が嫌いだったから、今の俺を知れば眉を潜めて説教をたれるだろう。臭いだの副流煙がだの延々と文句を言いながら、最後には俺の体を心配するのだろう。

 今もあの人が俺の隣にいたならば、俺はもっと、きっと、なんて考えたところで、後悔したところでどうにもならない。ただただどうにもならないのだ。だけど、未だに思う。もっと大事にすれば良かった。もっと言葉を惜しまなければよかった。照れ臭くても、格好悪くても、言えばよかった。言えば良かったのだ。


産んでくれてありがとう、と。



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