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戦場に酒は欠かせない

古くからアルコール(酒)は、戦場において重要な役割を担ってきた。

第一は医学的効能で、アルコールは負傷者の麻酔、感染症の予防などに使われてきた。第二は興奮剤であり、適量のアルコールは戦闘のストレスを緩和し、戦闘に勇気と自信を与えてくれた。第三は精神的な効能であり、眠りを誘い、感情を麻痺させてくれた。第四は生理学的な効能であり、アルコールがかなりのカロリーを補給してくれた。

司馬遼太郎の『坂の上の雲』では、奉天の会戦で、秋山好古が腰にぶら下げた水筒から度数の強い「シナ酒」をガブガブと飲んで、コサック騎兵の猛攻撃に必死になって耐えているシーンが描かれている。

ロシア兵はウォッカをよく飲んだ。旅順要塞のロシア軍守備隊が司令部に弾薬の補充を要請したところ、期待された弾薬の代わりにウォッカ1万ケースが送れて、その直後にロシア軍は降伏した。「日本軍は数千人の酔っ払った兵士の死体を発見し、豚のように銃剣で刺した」と、ロシア人記者は報告した。日本軍が勝利したのではなく、アルコールが勝利したのだと、外国人記者からはいわれた。

この屈辱的な敗北の経験から、1905年には、ロシア陸軍省はそれまで配給品の一部として含まれていたウォッカを取りやめ、多くの兵士を落胆させた。さらに1年後には将校の飲酒を減らし、兵士に蔓延するアルコール依存に対処するために、連隊の酒保[*]でのアルコール飲料の販売を禁止する規則を発した。この反アルコール運動は一般社会にも広がり、第一次世界大戦勃発後、政府は、 蒸留酒、ワイン、ビールの取引に強い制限を課した。しかし、このことは逆に蒸留酒の自家生産に拍車をかけ、結果的にロシア人は従来よりも大量に飲酒するようになった。

  • 酒保(しゅほ)・・・軍隊で酒や菓子、日用品などを販売するところ。「保」というのは、「雇われ人」とか「仲介者」という意味がある。刑法256条2項に盗品有償処分あっせん罪という犯罪があるが、これは1995年の刑法一部改正によって改められた条文であり、改正前は、「贓物牙保罪」(ぞうぶつがほざい)となっていた。「贓物」とは盗品のことで、「牙保」とは「仲介」の意味である。酒保の「保」と牙保の「保」は同じ意味的関連性がある。

アメリカは、1901年に、軍隊の酒保での酒類の販売を禁じる、反酒保法(The Anti-Canteen Act)を制定している。アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、この禁止を駐屯地周囲5マイル(約8キロ)にまで拡張した。しかし、アメリカ遠征軍の司令官は、西部戦線の兵士たちにワインとビールを支給し続けた。戦場には、酒と血の臭いが漂っていた。(了)


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