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365日 第3章➖後悔

【ストーリー】
高校2年生の天野百合は、交通事故で亡くなった親友の水橋陽子のことを忘れられず、後悔と悲しみの日々を過ごしてきた。事故からちょうど一年経った日、いつものように学校に行くと、そこに現れたのは死んだはずの陽子だった。時間が一年前に戻り、死んだはずの大切な人が戻ってきた…

4月までの寒さが嘘のように吹き飛んで、午前中なのに気温が20度以上ある。午後には25度近くまで上がると天気予報が告げていた。野球場までは駅から歩いて5分ほどだが、Tシャツが肌に張り付くほど、体が汗ばんでしまった。

スタンドに入って、席に着く。ちょうどその時、野球部の部員たちがグラウンドに飛び出してきた。百合が何気なく、選手たちの後ろ姿を目で追いかけていると、一際目立つ大きな後ろ姿を見つけた。智也だ…。

智也は陽子の幼なじみで、百合が引っ越してきてから、3人で一緒に遊ぶ仲になった。
小学校3年から地元の少年野球チームに入り、めきめき頭角を表した。ラグビーで国体に出場したことがある父親からの遺伝子を譲り受けた智也は、大柄でがっちりとした体格を生かし、中学からキャッチャーのポジションをやるようになった。

百合たちの高校は、文武両道を謳う進学校だ。野球部には近年力を入れていて、甲子園に出場した経験を持つ顧問を迎えて、チームの底上げに成功し、昨年は県大会でベスト8にまで上り詰めるまでになった。

「自分たちの代で、甲子園常連の私学を倒して、甲子園への切符を手にしたい」
県外の強豪チームからの誘いもあったが、智也は百合たちと同じく、地元の高校に進学した。
その知らせを聞いて、百合は、内心ほっとした。
野球に専念するために、遠くに行ってしまうだろうと予想していたからだ。高校受験前の時期は、彼の進路のことを四六時中考えていて、自分の勉強にも身が入らないほどだった。感の鋭い陽子にはバレバレで、彼に対する気持ちは見抜かれてしまっていた。

今では、部活で忙しい智也とは、昔のように3人で遊ぶことも滅多になくなってしまい、顔を合わせるのは学校の廊下で偶然すれ違った時くらいだ。

近くにいるはずなのに、遠い存在になってしまった。

陽子には「告白しちゃいなよ!百合ならいけるって」と応援されるのだが、百合にはそんな勇気がなかった。優しい性格で、顔立ちも凛々しい智也は、女子からの人気が高く、中学から付き合っている彼女がいるという噂があった。

「はい、買ってきたよ」
「ありがとう」

売店に寄っていた陽子が戻ってきた。炭酸飲料のペットボトルを受け取る。キャップを回すと、プシュッと音を立てて、飲み口に吹き出すほど泡が弾けた。

「智也、こないだ彼女と別れたんだってさ。今ならチャンスだよ」
陽子の唐突な言葉に、百合は慌てて、口に含んだ炭酸にむせた。ごめんごめん、と百合は笑いながら、バシバシと百合の背中を叩いた。

「百合ってば、焦りなさんな」
「焦ってないよ」
「いや〜、焦った方がいいよ。智也の人気は衰え知れずだからね。廊下を歩くと、女子の視線を一斉に引きつけてるもんね」
「私にはやっぱり無理だよ」
「百合は昔っから変わらないね。『やっぱり』とか『どうせ』とか、口癖になってて、最初から諦めてる」
「私は現実的で、安定志向なの。陽子や智也は冒険家タイプだから、分からないと思うけど」

「失敗を恐れてたら、何にも出来なくなっちゃうし、そんなの、もったいないよ。失敗してもいいじゃない。当たって砕けろだ。今のチャンスを逃したら、きっと後悔するよ」
「でも…」

陽子はペットボトルを傾け、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干し、

「智也ー!頑張ってー!かっ飛ばせー!」と
大きく手を振り、声を張り上げる。こちらに気づいた智也が振り返り、手を振り返す。

「おう!任せとけ」
陽子にひじで腰を突かれて、百合も一緒に手を振る。

(後悔、か…)

陽子がいなくなったはずの一年前の今頃、何度となくこの二文字が百合の頭に浮かんでは、悩ませた。


当たり前のように、ずっと一緒にいると思っていたのに。
陽子と、もっと一緒に同じ時間を過ごしたかったのに。
ありがとうの言葉を、もっともっと、言えば良かったのに。

もう、後悔だけはしたくない。自分の気持ちに正直になりたい。

陽子が戻ってきた世界で、私はもう一度やり直そう。

後悔しないように。

「頑張れー!」
百合も陽子に続いて、智也に向かって声援を送った。


試合が終わった。結果は町川高校の勝利。智也は試合中盤で途中出場。決勝打は、6回裏の攻撃で、智也が打ったホームランだった。

「勝って良かったね。智也、大活躍だったじゃん。これで、今年はレギュラー狙える位置まできたよね」
野球場からの帰り道、今日の試合を振り返りながら、智也の話題で会話が弾む。智也について話し出すと、二人の会話が話が止まらない。智也の活躍が、自分のことのように感じられて、嬉しくて、誇らしい。

陽子の家の手前まで来た。玄関扉に手をかけようとしたところで、陽子は振り返って、百合の顔を見つめた。
「来週の土曜日、ちょうど百合の誕生日じゃん。智也も誘って、一緒にどっか遊びに行こうよ」
陽子からの突然の提案に、百合は慌ててかぶりを振った。
「部活とか、きっと忙しいし、誘っても断られるよ」
「言ったもん勝ちよ。私から聞いてみるねー!じゃ、またね」

「ちょっと!」
陽子はするりと扉をくぐり、家の中に消えて行った。

(言ったもん勝ち…当たって砕けてもいいから、ここは陽子の作戦に流されるままにさせてもらおうかな)

後悔しないように、伝えよう。
「ありがとう、陽子!」玄関に入って行く陽子の背中に声をかけた。

陽子は振り向いて、満面の笑みを浮かべた。


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