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365日 第4章-願い

【ストーリー】高校2年生の天野百合は、交通事故で亡くなった親友の水橋陽子のことを忘れられず、後悔と悲しみの日々を過ごしてきた。事故からちょうど一年経った日、いつものように学校に行くと、そこに現れたのは死んだはずの陽子だった。時間が一年前に戻り、死んだはずの大切な人が戻ってきたー

第4章 願い


ベッドに横になろうとしたその時、スマホの着信が鳴った。陽子からだ。

「来週の土曜日、智也も予定空いてるって!3人でショッピングモールに遊びに行こうよ!」

百合の胸の鼓動が早まり、ベッドに再び横になっても、その夜はなかなか眠りにつくことができなかった。

それから一週間後。百合は待ち合わせ場所の駅に着いた。約束の時間の5分前。改札を出て、すぐ目の前のベンチに座る。

1ヶ月前にオープンしたばかりのショッピングモールは、土曜日ということもあって、午前中から子供連れの家族やカップルまで、たくさんの人で賑わっている。
改札を出てくる人の群れを眺めていると、智也の姿が見えた。平均よりも頭ひとつ分背の高い彼の姿は、人混みの中でも一際目立つ。

歩み寄りながら、手を振る智也に、百合も手を振り返す。

「天野!久しぶり。先週は応援来てくれてありがとう」
「勝ってよかったね。次の試合はいつなの?」

久しぶりに智也と間近で話すのは緊張するかもしれないと不安に思っていたが、智也の明るくて気さくな笑顔と声に、百合の心もぱっと元気になって声が弾むように出た。

「次は来週の日曜日。横橋高だから、負けるかもしれないけど」
「頑張って!応援行くよ」

「おっはよ〜、2人とも早いじゃん」
百合が智也に数分遅れて到着。急いで来たのか息が上がっている。
「もう、陽子が遅いんじゃない」
「ごめんよ〜!早く、行こ行こ〜」
陽子は自分の失態を誤魔化すように、2人の背を押して促した。

3人が最初に向かったのは映画館。チケットを買って、席に向かおうとしたところ、ポップコーンとドリンクを買うから、2人は先に行って待っていて、と陽子が言う。陽子は百合に目配せして、したり顔である。

映画を観終わった後、ショッピングモール内のフードコートでランチを食べて、午後からはお店を見て回ることになった。
人気ブランドのアパレル店や海外の雑貨店、本屋。たくさんのキラキラ輝くアイテムの数々を手に取りながら、ウィンドウショッピングを思う存分楽しんだ。

「今日は疲れたけど、楽しかったね」

ちょっと歩き疲れた頃、長い列に並んでやっと手に入れたタピオカを飲みながら、陽子がしみじみとした表情で言う。

「こんなに歩いたし、人も多いし、疲れたね」百合も相槌を打って答える。

「そろそろ帰ろうか」

「ちょっと、ここで待っててくれるないか。すぐ戻ってくるから」

タピオカを飲み終わって、人混みを見つめていた智也がベンチから急に立ち上がったので、百合と陽子は驚いて智也を見上げた。

「どこ行くの?」
「また後で!」
智也が駆け足で、人混みに紛れて去っていく。

「あーあ、行っちゃった。本当に戻ってくるかな」陽子が唇を尖らせて不満げに言う。

「まあ、連絡取れるし、大丈夫じゃない?」
百合のなだめる言葉にも、陽子は心ここにあらずの様子だ。

「智也は昔っから、勝手に一人ではぐれて、迷子になってばかりだからさ。心配なの」

「まさか、もう子供じゃあるまいし」

「もう、待ってるのも嫌だから、先に帰ろうかな」

「え…智也が待ってって、言ってたのに…」
「百合は待ってれば。智也いつ戻ってくるかわからないけどね」
陽子はすっかり機嫌を損ねて、ふくれっ面だ。

気づけば辺りは日が沈みかけ、モール内の街頭が点灯し始めていた。人混みは、駅から出てくる人よりも、家路に着く人たちの群れの方が多くなっている。

「陽子は先に帰ってていいよ」

「いいの?でも、一人で大丈夫?」

先に帰ると強気に言い張ってた陽子だが、百合を置いて一人で去るのに後ろめたさを感じた様子だ。

「うん、大丈夫。智也はすぐ戻ってくるって言ってたし」
百合は微笑んで、陽子に手を振った。
「じゃあね。」
「うん…じゃあ、気をつけてね」
陽子は百合の顔を見つめて、何か言いたそうな表情を見せたが、結局何も言わず、背を向けて人混みの流れの中に紛れて行ってしまった。

陽子が足早に立ち去る後ろ姿を見送りながら、百合は深く大きなため息をついた。
一日中遊んだ疲れが今にしてどっと押し寄せ、智也と陽子が次々と急に行ってしまって自分だけ置いてけぼりになった心細い思いに駆られた。

陽子が立ち去ってから10分ほど経った頃だろうか。ようやく智也か戻ってきた。

「ごめん、待たせて。あれ、水橋は?」
「先に帰ったよ」
「そっか。あいつはいつも待てんからな。これ、あげるよ。気にいるといいんだけど」
智也は手に下げていた紙袋を百合に向けて手渡した。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
百合は顔を赤らめて、照れ笑いを浮かべた。

「百合!誕生日おめでとうー!!」
智也に気を取られていて、すぐ背後にいた陽子に気づかなかった。驚いた百合は思わずギョッとして飛び上がった。転びそうになった百合を腕に抱き留めて、智也が高らかに笑っている。

「サプラーイズ!大成功!」

陽子と智也がハイタッチして、ケタケタ笑っている様子を見て、ようやく百合は察しがついた。

「もう、二人とも、びっくりさせないでよ」
「まんまと騙されたね〜」
「なんか変だなと思ったんだけど…」
「なんか、ごめんな」
智也がすまなそうな顔をして、陽子を気遣う。
「えーと、気を取り直して、改めまして、百合。誕生日おめでとう」
ずっと笑い続けている陽子が、いっそう大きな声を上げて、百合に抱きついてくる。
百合も陽子の笑いにつられて、「ありがとう、ありがとう」と何度も言いながら、二人で笑い合った。

この後まだ用事あるという智也と別れて、陽子と百合は二人で、家に向かって、一緒に歩いていたところ、

「百合は気付いてると思うけどさ」
と、陽子がおもむろに口を開いた。

「わたし、本当は、生きてないはずなんだよね」
「えっ、それってどういうこと?」

百合が目を見開いて見つめる視線に、陽子は目を合わせて、困ったような笑みを口元に浮かべた。

「わたしは死んで、天国に行った。でも、そのことが受け入れられなくって、もう一度生き返って、やり直したいって神様にお願いしたの。そしたら、1年間与えるよって、願いをきいてくれた。百合はわたしが死んだっていう記憶が残ってるから信じられると思うけど、周りの人はわたしが死んだ記憶は消されている」

「やっぱり…そういうことだったんだ。でも、なんで許してもらえたの?そういうことって割と天国ではあるのかな?」

「そんなこと、滅多にないと思うけどね。わたしは、人生まだまだこれからって時に、自分のせいでもないのに、偶然死んじゃったから、その事実を受け止めきれなくて。わたしは神様を信じていて、この肉体が死んでも、魂は天国に行って、永遠に生き続けるって確信してたし、事実そうだったから、天国に行けるとわかって、本当に嬉しかった。

だけど、天国に入る門の手前まで来て、わたしは、まだまだこの地上でやり残したことがたくさんあるって気付いた。色んな人と出会って、色んな国に行って、世界の絶景を観たり、他にも色んなことがしたかった。

それ以上に、わたしの人生で大切だなって思ったのが、家族や友達の存在だって、ようやく分かったの。

家族や学校の友達や百合と、もっと同じ時間を過ごしたかった。みんなともっと食事したり、おしゃべりしたり、ふざけて笑ったり、ケンカしたり、真剣な話をしたり…。ありがとうって、もっと言えばよかったって。さようならってあの時言えばよかったのにって、後悔した。こんな後悔をしたままじゃ、天国に行っても楽しめないだろうし、だから、神様にお願いして、わたしを蘇らせてくださいってお願いしたの。」

「陽子…。わたしもね、後悔してたんだ。百合ともっと過ごしたかったし、ありがとうって、もっと言えばよかったのにって。でも、本当に天国ってあるんだね?」

「もちろん、あるよ。わたし、天国で待ってるから、陽子も神様を信じて、天国への希望を持ってね。あっ、でも、わたしみたいにこんな早く天国に来たらダメだからね!人生まだまだこれからなんだから。智也と結婚して、子供と一緒に天国に連れてきてね」

「ちょっと、話が進みすぎてない?」

「そう?二人とも、今日もいい感じだし。天国から二人を見守って、祈ってるよ」

「うん、ありがとう。百合が天国から祈ってくれるなら、心強いな。でも、また天国に行ってしまうのは、やっぱり寂しいな…このまま生き続けられないの?」

「約束したのが、1年間だからね。約束は守らなきゃ。あと、11か月。よろしくね」

そう言って、陽子が太陽のような眩しい笑顔を向けて、手を差し出した。百合も手を差し伸べる。陽子は手をグッと力強く握り、上下にぶんぶん振った。

「今日はありがとう。楽しかった」

「楽しかったね〜、百合があんなに驚いてくれて、ドッキリ成功して良かったよ〜」

「もう、本当にびっくりしたよ!心臓が止まるかと思った」

「百合。今、話したことは、私たちの秘密だからね。智也にも内緒だよ」

陽子は、いつになく真剣な眼差しを向けてきた。どこか切なく、儚げな様子で、また急に一人でどこかに行ってしまいそうな気がして、百合は陽子の手を離したくなかった。

「うん、わかった」

二人は手を解いて、別れの挨拶を交わした。

「じゃあ、またね」陽子が、明るい声で言う。
「またね」

何気ない別れの挨拶も、これからは毎日、忘れずに、大切に言おうと、百合はこの時、心に誓った。


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