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第2章 太陽と月

【ストーリー】高校2年生の天野百合は、交通事故で亡くなった親友の水橋陽子のことを忘れられず、後悔と悲しみの日々を過ごしてきた。事故からちょうど一年経った日、いつものように学校に行くと、そこに現れたのは死んだはずの陽子だった。


部活が終わった。学校を出て、バス停に向かう。その場所は、陽子と帰りにいつも待ち合わせをしていた場所だった。

朝から続いていた雨はようやく上がり、夕日が雲の間から差し込んでいる。バス停のベンチは、雨が吹き込んでいたせいで、まだ少し濡れている。
陽子は来るだろうか。

「百合ー!待たせてごめんね」
陽子が息を切らして、駆け寄ってきた。

夢じゃない。良かった。今日一日中、心ここにあらずだった百合は、陽子の姿を見て、ほっとすると同時に、目に涙が滲んだ。

百合と陽子は小学校からの同級生だ。3年生の時、親の転勤で引っ越してきた百合。陽子と同じクラスになって、家が隣近所ということもあり、二人は学校でも、放課後でも、始終一緒に過ごす仲になった。お互いの家を行き来したり、誕生日には家で誕生日会を開いたり。お互いに兄弟がいなかった二人。本当の姉妹のようだ、と周囲からも思われていたくらい、二人の間柄は切っても切り離せない関係だった。

中学に進学しても、二人の仲は途切れることはなかった。二人は揃って、同じ高校に進学し、クラスや部活が違っても、お互いに別々の友達ができて、同じ時間を過ごすことは多少減ったが、それを含めても百合と陽子の関係は、薄れることはなかった。

二人の性格はまるで違った。陽子は、明るく活発で、スポーツをやると右に出るものは同学年にはいないくらい運動神経が抜群だった。百合は、控えめで物静かな性格。5歳頃から、ピアノの先生をやっていた母親の影響でピアノを習い、中学からは吹奏楽部でフルートを始めた。

性格や得意なことが正反対の二人が、なぜこんなにも仲が良いのか。周囲からは不思議に思われていたが、当の本人たちは、意に介さず、気にしなかった。

陽子がいなくなって、百合は初めて気がついた。
私たちは、太陽と月だったんだ。
陽子が太陽で、百合が月。
陽子は溢れる光を照らしてくれた。その光によって、自分をありのままに出すことができた。
陽子の存在は、なくてはならないものだった。


失われてから気づいた、その存在の大切さに。


陽子の照らしてくれる光が消えてから、百合は自分の殻に閉じ籠るようになった。親友を失くした悲しみと、悔しさを抱えて。

「さあ、行こう!」
陽子に急かされて、百合は歩き出した。
失ったはずの親友が、私の目の前に確かに存在している。その不思議な現象に、まだ頭と心が追いついていかない。

「今週末、野球部の試合なんだって。応援行かないとね」
「そうだったね」
「レギュラー取れるかな」
「智也のこと?レギュラーになれたよ」
「え、本当?」
陽子が目を大きくして、百合に顔を向けた時、百合はしまった、と思った。2年生になったばかりで、夏の大会前だから、レギュラーになる前だった。


「どこでその情報入手したの?智也が話してた?」
「ううん、その、つまり、私は智也がレギュラーになれるって信じてるってこと」
「そういうことか。百合は一途だね」
「ちょっと!また、その話になる?やめてよ」
「何照れてんの。誤魔化したった私には通じないからね」
顔を赤らめる百合の肩に腕を回して、陽子が脇をつついてくる。
「やだやだ、もうその話はなかったことにしようよ」

二人の笑い声が、黄金色に染まる雨上がりの空にからからと響き渡った。


******
玄関に入ると、夕飯の匂いがここまで漂ってきている。陽子の腹の虫がぐぅ〜と鳴った。

「ただいまー!」
「おかえりなさい、今日は遅かったわね」
「これから部活忙しくなりそうでさ〜」
「そう、大変ね〜」

母と交わす何気ない会話も、なんだか恥ずかしいような気がして、陽子はそそくさと自分の部屋に向かって行った。

机に向かって、オレンジ色の表紙のノートを取り出す。
オレンジ色は、陽子の大好きな色で、手帳やペンケースもこの「陽子カラー」で統一してる。

真新しいノートの、最初のページを開いて、お気に入りのペンで、ゆっくりと書いていく。

『4月27日 あと365日。』

書き綴った文字を指でなぞりながら、「あと365日か」と呟いた。


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