雑記16

何度か話していることだけど、相手の名前や特定可能な情報を出した上で、一個人である自分の解釈や考察をさも本人が「そうなる」ように仮定したような言い草で書くのは本当に良くないと思っていて…言葉は呪いで、決めつけで、常に発端。語彙力をひけらかしたいだけなら感想文でなくても出来ることだし、相手に直接伝えるならば、決めつけに聞こえるような「○○だろう」は特に使用を控えるべきだと感じている。自分が何の関係も無い他人に「あなたは今後〜…で〜…になるだろう」と言われても、たとえ肯定的だろうが見透かされたような物言いは決して心地よくはない。芸術肌の作家と数々の作品を味わってきた自称評論家はこの関係に陥りやすいと考えていて、自分の中に存在する凝り固まった型に当てはめて考えることしかできない停滞期の現状を、経験を重ねて熟れたからだと勘違いして自信を持った人間は簡単に相手を傷つける。これは記事という形態を取った場合に限った話だけど、作家との対談で、数分会話すると分かった口を聞き始めるインタビュアーを何人か見てきた。「○○ということは○○になると思いますが、どうですか」といったような口調は、自信よりも自信に満ち溢れている。そこで作家が否定すればまた違ったとしても、そもそもインタビューの機会などあまり訪れないマイナーな作家がそれをするとは考えにくいことくらい容易に想像がつく。その面をわかった上で何故か少し傲慢な態度でインタビューを進めるのか、相手の言動をサポートするつもりで色々と言ってみているのかは分からないけど、最近見つけたインタビュー記事では、作家本人の意思よりもインタビュアーの言いたいことにおまけ程度で作家の意見を聞くような形式のものがあって驚愕した。聞きなれない横文字や言葉の意味を重んじている様子など見ても取れない、複雑性の高い単語の乱用。大抵、趣味でエッセイを書いていたりするので自身の持つ語彙を披露したくなるのだろうけれど…。無論、作家さんを尊重するインタビュアーも多く存在するだろうし、そもそも初対面の相手にどれほど気を使うかは本人の自由なので特に誰かを否定したいというわけではない。しかし、発言を妨げ牽制するような働きがみえる記事は好きになれない。記事に限らず、というよりも特に酷いのは記事以外なのだけれど。本人の目が届きにくいところで無責任の発言は多く産出されるのが本当に厄介だと思う。そして、何らかのきっかけで偶然本人がそれを見つけた時どう思うかなど多くの書き手は考えてもいないのだろうな。ただ自身の解釈の鋭さと相手への深い理解を示したいだけの、壁の隙間の顕示欲。本当に好きなら常に相手が見た場合のリスクやどう受け止めるかを考えた上で書くだろうし、特別必要性の無い場面ではそもそも名前を出さないのが一般的だと思われる。自分自身もよく絵描きさんに関係する感想文を書くのでこういった話をしたくなってしまうのだけど、本当に伝えたい好きの感情は手紙やSNSのリプライなどの機能を使って直接お伝えするようにしていて、それ以外のごく個人的な感想は空リプや他SNS等を使って述べている。しかし例え相手の目につかないような場所であっても否定的な事は書かないし、そもそも大好きなので書こうにも書けない。これに尽きる。愛を示すならば、相手が一番傷つかない方法で一番遠回りな告白をするべきだと考えている…その中で。"一番傷つかない"は普遍的な感情の線を辿るようなテンプレートの応用ではなく、相手の作品を通して薄らと見える細く脆いこころの川を渡る手前で帰すような、そんな伝え方を心掛けている。もちろん、人によってはその川を飛び越えて領域に飛び込んでくることを厭わない場合もある。しかし多くは個人的な感性には触れられたくないものだから。自分自身がそう、というのも含め…ひとの感性にはその人なりの歴史があって、1枚1枚丁寧に重ねられ培われてきたその人だけの領域。簡単に入り込んで踏みにじるような真似をしないように気をつけていきたい。作品感想は喜ばれることがほとんどだけど、ひねくれている訳ではなく教訓として「ありがとう」は9割が社交辞令だと思って受け止めているので、相手にお礼を無理強いさせるような表現も極力避けている。そんな程度には人間不信だけど大好きな絵描きさんの描く絵に日々恍惚としている人間の殴り書きでした

関節的だとしても、相手を自分のせいで混沌に落し入れてしまうのはきっと苦しいし、同じことをされた経験があるからこそ、酷く辛い。
大好きな相手がそういった出来事で傷付いているのを見る度やるせなくなる。
きっと誰にも悪意はなく、被害者でも加害者も存在しない空想上の対峙なだけに、負を吐き出そうにも「でも相手は自分のことを思って言ってくれたんだろうしな…」と思って蓄積していく。
そのうち関わる人達のすべてが信用できなくなるし、『喜ばれる対応』ばかり覚えては自らを摩耗させ、塵も残らない。
一人の配慮で心が救われたら楽では無いけど、せめて傷つけないようにはしたくて 本当に
余計なお世話だとしても、伝える側がこんなに恐ろしいのだから、伝えられる側のプレッシャーやその後の対応への責任感は桁違いなはずだから…。
一番好きだけど、自分が見てきた中でいちばん傷つきやすいひとで、とても繊細で、だからこそ描ける絵があるんだろうなと思うこともあって。
自分にはそんな大それたこと出来ないけど、せめてとてもやさしいところで絵を描けるといいな…

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