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生きて、一人の人を愛するということ -小さき麦の花

まだ2月だけれど、ラブストーリー映画としては個人的今年度暫定ベスト。
リー・ルイジュン監督『小さき麦の花』。

2011年、中国西北地方の農村、貧しい農民ヨウティエと内気なクイイン。互いに家族の厄介者だったふたりは、見合い結婚。やがて、互いを慈しみ、力を合わせ、作物を育て、自分たちの手で質素な家を作り、慎ましくも日々を生きる。
だが、自然の猛威や変わりゆく時代の波にさらされ…。
          (フライヤーより)


というあらすじを読むとすごく地味に思えるが、実際地味。舞台は埃っぽく乾いた農村で、主人公のヨウティエとクイインはどちらも寡黙でひたすら労働の日々を送っている。ドキュメンタリーを見ているよう。
なのに、とてつもないラブストーリーなのだ。
公式サイトにも書いてあるように愛という言葉は一度も出てこず、二人は手を握り合うこともない。でも心が震えるような深い愛の物語。

妻のクイインは手足に軽い障害があり、しばしば不意におもらしをする。小さいときから虐められて育ち、笑顔はなくいつも表情は硬い。家族から厄介払いのようにヨウティエと結婚させられてからも、おどおどしておもらしで布団を濡らすのが怖くて座ったまま眠っていた。
そんなクイインにヨウティエは黙って静かに寄り添い、少しずつ二人の心が近づき結ばれていく様子が丁寧に描かれる。

クイインを演じているのは中国の国民的俳優ハイ・チン。ノーメイクで弱々しいヨウティエになりきっている。夫ヨウティエ役ウー・レンリンは監督のおじさんで、本当に農民だそう。
さすが本職、農作業や日干しレンガ作りに精を出す彼の働きっぷりには惚れ惚れする。
狡賢い人が多い社会で彼だけは常に正直で公正だが、それを誇ることもなくただ淡々としている。
そして、クイインにだけでなく家畜や軒先のツバメにも深い愛情を見せる。
いつのまにか「惚れてまうやろー」状態に。

夫婦といつも一緒にいるロバもよかった。
「イニシェリン島の精霊」のロバのジェニーも健気だったが、こちらもすばらしい演技。
鈴を鳴らしてトボトボと歩いているだけで様になる。

名もなきロバだけど

原題「隠入尘烟」、英語題"Return to dust"。
「土」という言葉がキーワードのように出てくる。いつか土に還るなら、それまでは精一杯生きて愛そう。

印象に残るシーンもいくつか。
双喜の赤い切り文字を壁に飾るところ、クイインが夜道でしっかり胸に抱く瓶入りのお湯、ヒヨコを孵化させる段ボール箱、麦の実で作る花、それから黄色い大地に映えるターコイズブルー。

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