散文集#16 白の勇者
調査報告書 2008/5/20
日本国内の森林部にある小さな村には、とある風習がある。
「30年に一度、白の勇者が南の魔王を倒しに行く」というものだ。
この風習は戦前から始まり、今もなお続いているそうだ。
しかし、私は研究所でこの噂を耳にするまでそんな風習は聞いたことがなかった。私は東京で生まれ育ったためにそんな話とは無縁だっただけかもしれないが…。
いま、くだんの村である黒井村の民家でこのレポートを書いている。一時は森の中で遭難しかけていたが、偶然村人と出会い、そこの住民の家にお世話になっている。家主のおばあさんはとてもやさしい人で、しばらく泊まっていくように言ってくれた。目隠しのような布で目元を覆っていたのが気になったが、何か見られたくない理由があるのだろう。せっかく御厄介になるのにわざわざ聞くような野暮なことはするまい。
調査報告書 2008/6/2
複数の村人から聞き取り調査を行ったところ、白の勇者と南の魔王の風習について、その全貌が見えてきた。
まず、比較的若い村人から聞き取り調査を始めた。比較的、と書いたのはそもそもこの村の平均年齢が40を超えているためだ。一番若い人でも32である。50代以下と60代以上だと後者のほうが人数が多い。30代に至っては二人しかいない。かなり過疎化が進んでいるようだ。
30代の二人は白の勇者については幼少期に一度、勇者の送り出しを見ただけで詳しいことは知らないようだった。その時に見た勇者が、自分たちと同じくらいの少年だったことにとても驚いたと同時に、納得もしたそうだ。
というのも、村の中心にはほかの民家に守られるようにして大きな屋敷が立っている。大人たちからそこに近づいてはいけないといわれていたが、何度かその屋敷の近くを通った時に子供の遊び声がきこえており、幽霊でもいるのではと思っていたそうだ。
しかし、その後に屋敷から声がすることも、誰かが出入りすることもなくなったので、とうにその風習は廃れたのだと思ったらしい。
次に、50代の人に声をかけた。
彼が言うには、村の中央にある屋敷では代々白の勇者の一族が暮らしており、彼らは勇者の送り出しの時にしか家から出てこないらしい。しかも、見送りに来るのは母親だけだそうで、両親がそろって見送りに来るところは一度も見たことがないそうだ。また、出ていく勇者が中学生くらいの少年だったことにも初めて見たときには驚きのあまり近くの村人に「あんな少年を行かせるのか?」と尋ねたそうだが、昔からそうだと答えられたらしい。
また、正確には「30年に一度」ではなくだいたい30年に一度くらいのスパンで行われているらしいが、詳しい理由は知らないらしく勇者の一族に仕えていたKさんならわかるかもしれないとのことなので、後日Kさんを訪ねてみる予定だ。
明日からは村のお祭りが始まるらしいので、しばし休息がてら村の観光をしようと思う。
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