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【小説】アイツとボクとチョコレート【3話】

3話 自己紹介をしよう


Side:山本

 語り始めるにあたって、自己紹介をしておこう。何でそんなことが必要なのかって? それは僕が、僕の物語において所謂「モブ」以上の何者でもないからだ。
 私立龍花たちばな高校2年C組、山本湖次郎こじろう、出席番号は個人情報的に微妙なので伏せさせてもらうが、ヤ行なので最後の方というのは想像に難くないだろう。ちなみにクラスには僕を含めて山本が3人、加えて渡辺が2人在籍している。――と、僕のことは重要ではなかった。だってモブだからね。
 じゃあ主人公は誰かというと、ほかでもない。同じクラスの隣の席、その名も凛と輝く、「鈴野べるのりん」さん、その人だ。
 漆黒の髪をツインテールにして、今はピンク系のメッシュを入れている。セーラー服のスカートからすらりと伸びる脚は、すれ違う人を魅了してやまない。そしてそれら以上に僕を惹き付けるのは、濃いまつ毛に縁どられた、こぼれ落ちそうに大きな目だ。
 そして声。鈴野べるのさんは滅多にクラスメイトと口をきかない。といってもさすがに授業中に先生に当てられた時なんかに喋らないわけにいかないから、聞いたことくらいはある。ちょっとハスキーで、どこか甘い声。

「……よって、答えは45度です」

 最新の受け答えが、耳の中に残っている。いや、何度も繰り返すことによって、消えないように残しているというのが正しい。45度……45度……ああ、いい。すごくいい。

 ここまで読んでくれた諸姉諸兄には既におわかりかと思うが、僕は一言でいうなら気持ち悪い。相当に気持ち悪い。だって隣の席の生徒を、なるべく気取られないようにとはいえ、過剰な情熱をもって観察し、知覚し得た情報を咀嚼しまくっているわけだから。大丈夫だ、自覚はある。
 恋する若者なんてそんなもんでしょ。――などと女神のような感想を抱いてくれたそこのアナタ、結婚してください。……じゃなくて! 僕の話はまだ始まったばかり。最後までお聞きになってなお引かなかったら、お友達から始めてほしい。

**

 鈴野べるのさんとの出会いは、保育園時代にさかのぼる。そう、いわゆる『幼馴染』ってやつだ。その頃は今みたいな他人行儀な苗字呼びじゃなく、「りんちゃん」「こた」なんて呼び合っていた。そこ! 捏造記憶などでは決してないぞ。
 「りんちゃん」は幼児の頃から目を引く顔立ちで、僕など初対面の時からすっかり恋してしまっていた。将来結婚してほしい、なんてお願いしたこともある。断られたけど。我ながらマセた保育園児だったと思う。でもそうさせるほどの魅力が「りんちゃん」にはあった。単純明快な話。
 その頃の「りんちゃん」との記憶は、プロポーズ以外はさすがにだいぶ薄れている。ただもうひとつだけ忘れられないのは、いくら一緒に遊ぼうと誘ってもなかなか相手にしてくれなかったりんちゃんが、初めてうなずいてくれた時のこと。

「りんちゃん、いっしょにあそぼ」
「……やだ」
「ひみつきち、つくらない?」
「ひみつきち……?」

 秘密基地では、何度かふたりきりで遊んだと思う。りんちゃんは「ひみつ」めいたことが好きなのだと、それから知った。
 ――今でも好きなのかな、秘密基地。

**

 それから僕らは別々の小学校に上がった。うちの父さんが近場ながら別の学区にマンションを買ったからだ。同じ小学校に行けないと分かった時、僕は泣きに泣いた。「あの時は宥めるのに手を焼いた」と、母はずいぶん後になってまで何度も繰り返したものだ。自分の息子に、運命の再会が待っているとも知らずに。

 そして時は経ち、高校入学。
 「りんちゃん」は変わっていなかった。
 大きな目、黒い髪。すらりとした手足。ちょっと素っ気ない雰囲気。

 でも「りんちゃん」は「りんちゃん」じゃなくなっていた。
 憂いを帯びたまつ毛、僕と同じくらいのショートカットだった髪は肩に届く長さになり、ズボンをはいていたはずの足を覆うのは、ちょっと心許ない面積のスカートで。秘密基地で泥んこになってたなんて信じられないような、どこからどう見ても完璧に女子高生な、「鈴野べるのさん」に変貌していた。

 10年も経てば人は変わる、いわんや100年、1000年。歴史の先生の言うとおりだ。僕がプロポーズした「りんちゃん」は、もういない。

「おーい、湖太郎! 何ぼさっとしてんだ? 次、体育だぞ」
「あ、ごめん。更衣室行かないとね。えーっと……鈴野べるのさんは?」
「もう移動してるに決まってるだろ。今週は男子が使う番なんだから」
「あ……そか」
「ほら、グズグズすんなって。女子が早く行けって睨んでる」
「う、うん。わかった」

 体操着を入れたサブバックを掴んで、友人と一緒に教室を飛び出る。
 更衣室に飛び込む直前、着替えを終えたハーフパンツ姿の鈴野べるのさんとすれ違った。

 ――花のような、いい香り。

 鈴野べるのりん。花も盛りの男子高校生。
 「彼」はその暴力的なまでの可愛さでもって、今も僕を惑わせ続ける。
 昔と違って、触れることなんてとてもできない。
 だからこそ僕の酩酊状態も、おさまることを知らないのだ。

>>4話に続く


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