ハロウィンの夜のMONSTER

令和X年 10月31日23:30。
いつもより人の多いスクランブル交差点を抜け警察と訳のわからない格好で奇声をあげる若者を横目に道玄坂を登って行く。待ち合わせの時間は特にないが、すでに仲間達が集まっているであろう店を人混みを抜けながら目指す。
わざわざこんな日に集まるなんて大学生とは面倒臭い。時間とお金を浪費して今を楽しむのもそろそろ終わりにしないといけないし、今日が最後だと自分に言い聞かせてみる。実際に最後になるのかは誰にもわからないが......。
人の化けたモンスターとスマホのドラクエウォークのモンスターを気にしながら歩いていると、道の脇に座っている青年が視界の端に入った。なぜか彼のことが気になった私は真っ直ぐに彼を見てしまった。

その青年は暗い場所でもはっきりわかるような美しい金髪と透き通るような白い肌をしており、翡翠のような澄んだ瞳と目が合うと自分から目を逸らすことができなくなった。同性であれ異性であれ、彼を見るだけできっと同じように体温が上がるのを感じるはずだ。
引力でもあるように私は進行方向を見失い彼の方へと向かう。彼は座ったまま私の顔を見上げていた。どれぐらい見つめ合っていたのかもわからなくなるほど五感は何かに支配され、私はその時から何かを失っていた。

彼は優しく心に響く声で話しかけてくれた。その時天使、いや大天使が迎えに来たような気がした。
彼が話す言葉は自然と頭に流れて来て、それが日本語だったのか、英語だったのか、はたまたドイツ語だったのかはっきり思い出せない。ただ彼と話した数分間の記憶は、まるで目覚めた後の夢のような曖昧な記憶しかなかった。蹴り上げられたサッカーボールになったような、アダムとイヴになったような、脳手術の後のような、今まで味わったことのない感覚になった。
私は彼が名乗った名前すら思い出せないくらい今もぼんやりと、そして、心地がよかった。

そうだ、彼からもらったものがあった。カバンの中から包み紙のたくさん入った袋を出すと直樹が隣から覗き込んで来た。
「何それキャンディー?」
「これ、チョコだよ」
私は彼にもらった袋をよく見てみた。プラハとチョコレートという文字がわかるが、それ以上は何語かわからず読むことはできなかった。
「読めないのか? 貸してみろよ。チョコレート。プラハ。......。ボンボン?」
こいつも私と対して変わらない。
「うん。さっきもらった」
「なんだよそれ、マジのハロウィンじゃん! 変なやつじゃないよな? 毒とか入ってない?」
「ボンボンって自分で言ったろ、入ってんのお酒じゃね?」
「おっ! いいね! みんなで食おうぜ!」
「ダメ! 日付が変わってから食べてってあの人が言ってた!」
「誰が? 別にいいじゃん。てか、あと5分で11月だからカウントダウンしてみんなで食おうぜ!」
「あぁ、じゃあそうしよう!」

直樹の独断と偏見でチョコは配られる。
「ケンゾーも食べる?」
「僕はいいよ。アンナとか欲しい人にあげて」
「さすが将来お医者様。自分より他人を大切にする!」
チョコの数はサークルの仲間全員に配るほどはなさそうだ。
「いいな〜」
「俺に頂戴!」
「トリックオアトリート!」
欲しがる声がたくさん聞こえてくる。2分もしないで全部なくなった。
「え〜、もらってない」
「半分、いや一口分けて!」
そうこうしている内に、10月もあと20秒だ。

「10月31日ってワルプルギスの夜っていうじゃん」
「言うの?」
「言うよ。とんでもない災いが起きそうだよな!」
「台風とか?」
「それはさすがにないだろ」

10、9、8

「一体何のカウントダウンなんだか。新年はまだ先なのに」
「何言ってんの? ハロウィンはもともと年末の行事だよ」
「マジで?」
「ケルト人の大晦日がハロウィンだよ」

3、2、1、0

「ハッピーハロウィーン!」
「てか、ハロウィン終わったんだよ!」
「うめ〜!」
「うめぇな!」
「これ美味しい!」

これは確かに美味しい。さすが本場(?)のチョコレートボンボン。
まるで赤いバラのような、甘さとアルコールのハーオニイ、ハーモ二ー。ん、まさかもう酔ったのか?
体が支えられない。息も......。

周りでは叫ぶ声が聞こえる。
動けそうにない。私はこのままテーブルで寝ててもいいかな?
......。

そうだ、彼の名前を今思い出した。
だが、私にはもう彼の名を呼べそうにない。

ヨハン、素敵な名前なのに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?