怪しいルーティン
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※これは「いつもの店のいつもの席で。」を別視点から描いた”B面の物語”です。A面の物語はコチラから。
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匂う。
すごく、匂う。
最近、夫の様子が、おかしい。
いつも定時になると「今から帰ります」と
律儀に連絡をくれる夫が、
ここのところ決まって毎週火曜日だけ、
帰りが遅い。
怪しい。怪しすぎる。
これは、間違いない。
不倫だ。
夫は、不倫をしている。
結婚生活10年目、
そりゃ付き合い始めた頃のような、
トキメキ溢れる恋心はもうないけれど、
お互い支え合い、共に歩んできた。
可愛い娘にも恵まれた。
病める時も健やかなる時も、愛し合ってきた。
そう思っていたのは私だけだったのか、
泣けてくる。
何の確証もないまま、
私の被害妄想は広がる。
こうなったら。
尻尾を掴んで、慰謝料たんまりもらって、
離婚してやる。
そんな暴走した決意を胸に、
私の探偵ごっこが始まった。
***
「お帰りなさい、お風呂用意できてるよ」
笑顔でお出迎えし、夫のジャケットを預かる。
そしてはい!速攻匂いチェック。
…くんくん。
うーん…これは…
煙草と、ほのかにコーヒーの香り。
女物の香水の匂いはしない、けど、
夫は煙草を吸わないので
何だか引っかかる香りである。
すかさず、続けて財布チェック。
あ。
証拠の品は、いとも簡単に見つかった。
お札入れから大量のレシート。
全部、同じお店のものだった。
夫の会社近くの喫茶店で、
毎週火曜ホットコーヒーを1杯飲んでいる。
ほーん。
ここが待ち合わせ場所ですか。
そうと分かれば次は張込みだ。
不倫現場さえ押さえてしまえば
こちらの大勝利。
翌週火曜日、私は早々に娘のご飯を用意し、
家を出た。
18時。
問題の喫茶店へ到着し、店の中を覗いた。
…いた。
いちばん奥の方で、本を読んでいる。
まだお相手は到着していないようだ、
私はしばらく店の外で待ってみることにした。
…
いや誰も来ないんかい。
2時間が経過したが、
店内にいる夫は誰とも連絡をとる様子もなく
本を読み続けている。
というかよく見たらテーブルの上に本が積み上がっている。
不倫相手を待っている感じではなさそうだ。
私の被害妄想が行き過ぎていたようだ。
よかったよかった。
ほっとしたのも束の間、
別の疑念が襲いかかる。
何をそんな熱心に読みふけっているのか。
何で家で読まないのだろうか。
はっ、もしや、
官能小説でも読み漁っているのだろうか。
それは悲しすぎる。
夫が帰宅したら問い詰めよう。
新たな決意を胸に、喫茶店を後にした。
「ただいま〜」
23時すぎ。夫はいそいそと帰ってきた。
「お帰りなさい」
とびっきりの笑顔で、
「あんな熱心に何読んでたの?」
それとなく自然に、ふっかけてみた。
「あ〜『僕らがいた』のこと?」
「えっ?」
「あっ、いや!」
夫はいとも簡単に罠にはまり、
喫茶店で積み上げていた本が
少女漫画であることを吐露した。
そして続けて、なぜあんなに熱心に
少女漫画を読んでいたかを話し始めた。
「いや〜、だってなんか最近あいつ
会話してくれないからさ。
話のネタに、本棚にあった漫画をちょっと、
読んだら、共通の話題になるかな〜って
思ってさ〜、はは」
なんということだ。
思春期を迎えた娘と会話したいがために、
少女漫画の門を叩いたという。
パパ…!!!!!
私は、夫が娘のために頑張っていたというのに
何を疑っていたんだろう。最低である。
不倫していると思っていた、
なんてことは口が裂けても言えない。
その夜、この汚れた心を清めるべく
夫のあとを追うように、
私も少女漫画の門を叩いた。
少女漫画を読むなんて、
いったい何年ぶりだろう。
寝室で二人、夫と肩を並べながら
『僕らがいた』を読みふける。
な、なにこの感じ…!!
忘れかけていたトキメキが蘇ってきたような、
なんともむずがゆい感情でいっぱいになった。
このドキドキは、矢野スマイルのせいか、
横で寝落ちしている夫のせいか。
どっちでも良い。
なんだか今日は、心が忙しく疲れたけれど、
結果、とても良い気分だ。
こんな気持ちになれるなら、
探偵ごっこも悪くない。
などと自分の罪悪感をもみ消しながら、
多分今夜は胸キュンシーンで溢れるであろう
夢の中へ落ちていった。
※この物語はハンフィクションです。登場する人物・団体・名称等はA面ストーリーを受けた著者の妄想が入っており、実在のものとは半分くらい関係ありません。
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