花たこ

駒沢通りを祐天寺から学芸大に抜ける途中の五本木の交差点の左側に花たこはあって、銀だこよろしく大きめサイズのたこ焼きが8個入って250円。トッピングもキムチとかチーズとかやたらといっぱいあって初めて行くとちょっと混乱する。小さなのぞき窓の向こうにはフィリピンだかベトナムだか多分東南アジアの方から来た華やかなお姉さんたち。失礼ながら彼女らにたこ焼きのなんたるかがわかるとは思えない、と不安になって自らの奥に巣食う差別意識に面食らい、しかし花たこのたこ焼きはそんなの蹴散らしてしまうくらいやたらに美味しいのだ。見くびってごめんねお姉さんたち。カリカリの皮にふわふわの中身、いわゆる屋台のたこ焼きにありがちな「ぺちゃり」感は全然なくって、ほんとそのまんま作ってる味でなにより嘘みたいに安い。なんてこんなに褒めておきながらわたしが花たこでたこ焼きを買ったのは後にも先にもたった一回だけなので偉そうに紹介するほどの権利もないのだけれど、しかもあのときわたしはヘトヘトでお腹がペコペコだったのでその味に多少誇大広告の懸念もあるけどやっぱり美味しかった。そして嬉しかった。どうしてわたしがそんな変なところを一人で歩いていたのかと言うとその頃わたしは東京に出てきたばかりでとにかく舐められたくなくてオシャレな古着屋でバイトして暇だから店の前でタバコばっかり吸ってカメラマン「崩れ」とか俳優「崩れ」とかスタイリスト「見習い」とかそんなのとばっかり、でもそん時は「かっこいい!」とか思ってそわそわ近づいて仲良くなって、ご飯とか行って、なんかそういうので必死にかっこいいコミュニティの一員であろうとして痛々しい思い出ばかり増やしてた頃で、だからその日も結局前日にあったよくわからん名目の飲み会で中目黒あたりの小洒落たスペインバルでアヒージョとホットワイン、調子に乗って飲みすぎてなんか鼻の下に小洒落た髭を生やしてしゅうまいを蒸すセイロみたいなちっちゃいニットの帽子かぶって白いフーディーにトレンチ、バーバリーの古着で、そんでなんか丸メガネとか書けちゃうようなポパイ的・オーセンティック・シティーボーイの祐天寺の八畳のワンケーに持ち帰られてあえての畳の上でセックスして吐いて、起きたら部屋は「あえて」なんだろうけど普通にボロい和室だし陽当たりは良かったけど畳は焼けてたし彼の肌は思いのほか乾燥していた。
この人のアレ昨日の夜挿れてたんだよね、と思うとにわかに嫌悪感がすごくてなんならまだ感覚あるしもう最悪。勝手に冷蔵庫開けて炭酸水しかなくてムカついて水道水飲んで、冷蔵庫もっかい覗くけど何にもないしお腹すいたし携帯の充電は切れちゃってた。彼のは機種が違くて借りられない。この人何やってる人って言ってたっけ。トレーナーに毛玉。結局お腹ぺこぺこのまま物音たてないようにそーーーーっと「おじゃましましたぁ」って彼の家を出てああ、朝日が沁みる朝帰り、ここがどこかもよくわからなくてとにかく駅っぽい方、と思って大きな通りに出よう出ようとさまよい歩いて行き交う人も車もみんなこれからお仕事ですか?わたし一人めちゃくちゃ罪人みたい。といって自分のワンルームに帰ったって叱られるあてがないのでなんとなく落ち着かない。悪行はそれを見咎める人がいてこそ悪行。苛むものが自分の良心だけではなんかこう、寂しい。
そんなこと思いながらよろよろと歩いていて、ああ、お腹すいた、と思いつつなんか意外とコンビニとかなくて、そしてやっと話が戻って花たこ。その時のよろよろのわたしにはまるでセーブスポットみたいに見えたやたらと派手なピンクとか黄色のシール?が貼ってある小さなスタンド。たこ焼き、いいな、食べたいな……とよろよろ近づいたわたしにきれいな笑顔でフィリピーナが教えてくれる、「これが普通、キムチ、チーズもできます、鰹節、ノリ、トッピング増やせます」それにしても250円。初めての店では基本的にシンプルなものを頼むことにしているわたしは本当にただのたこ焼きを、と言って300円出して50円もらって、彼女が「ちょっと待っててね」と言ってソースと鰹節と青のりをかけて爪楊枝、輪ゴムもかけて袋に入れて渡してくれた。「あの……」不思議そうに振り返るお姉さんたち。「お箸は?」「なんですか?」「うー、あー、あの、えっと……チョップスティック?ドゥーユーハブチョップスティックス?」「おーすみません、オハシない、これね」お姉さんはあくまで爪楊枝で食えという。というか買ってすぐここで食べる客はおらんのか。みんな家まで持って帰るんか。たしかに道のど真ん中で食べられそうなところもなく、しかしわたしはもう空腹に耐えられず「大丈夫です、サンキューソーマッチ」とか言ってすぐそばの路地に逃げこんでゴミ箱と電信柱に身を隠しながら食べた。8個全部食べた。めっちゃ美味しかった。途中でたぶんわたしが身を隠しているところのマンションの住人が帰ってきて訝しげにわたしを見た。怖いよね自分ちの前で知らん人がたこ焼き食ってたら。すみません。でも美味しかった。食べ終わると自分でも驚くほど元気が湧いてきた。さっきとは全然違う。駅もすぐに見つかった。学芸大学駅から東横線に乗って渋谷で乗り換えて自分の家に帰った。

#創作 #小説 #たこ焼き #女

本を買います。たまにおいしいものも食べます。