見出し画像

気が動いた!


3ヶ月以上も前の出来事を今頃書こうとしている。

先ごろの投稿で書いたように、私は今、鳥獣保護員なるものをしていて、定期的に山歩きをして、違法な狩猟がないか、パトロールをしている。

一般の狩猟シーズンは決められていて、11月から2月の間は、私の山歩きも頻繁になる。

幸い特に事故もなく、シーズンが終わった2月15日過ぎに、その出来事は起こった。


国道沿いのコンビニに入ろうとした時だ。私の視野を素早くかすめるものがあった。

コンビニの駐車場には、車がいっぱいですぐに見失った私に、駐車してあった一台から、若い男女が降りてきて、頻りに何かを伝えようとしている。

彼らは国道を挟んだ向こう側の丘を指さしている。二人はどうやら聾唖の夫婦のようであった。二人が降りて来た車の中に子供の姿も見えた。

と、戸惑っている私の前に再び素早い影は現れた。それは一頭の犬であった。

私の中で閃くものがあった。

犬はセッター系の中型犬である。


私は以前からこの時期に起きる、ある出来事に心を悩ましてきた。それは狩猟犬の遺棄、放置である。

心ないハンターが事もあろうに、狩猟期の終わりに、まるで、不要になった物でも捨てるように山中に遺棄していくのである。

私はこれまでも数頭そんな犬を保護して、新しい飼い主を探すということをやってきた。だが、譲渡以後の問題も含めて、猟犬の譲渡がいかに困難かを知っているので、コンビニの駐車場でうろつく犬を見たとき、またか、と、複雑な気分になったのである。


聾啞の夫婦は子供が使っていたお絵かき帳を持ち出して、再び、犬がコンビニに現れた状況を教えてくれた。

とにかく、交通量の多い国道沿いは危険なので、私はいったん大きく深呼吸をして、腰をかがめて、試しに犬を呼んでみた。と、意外にもその犬は私の命令に従い、近づいてきて、あろうことか、私の傍らに寄り添って座ったのである。

「いい子だねぇ~」

私はムツゴロウさんばりに傍らの犬の首を撫でながら、この子を助けたい、という気持ちとこんな健気な犬を捨てた奴に言いしれぬ怒りを感じた。

とりあえず、犬の安全の確保が優先で、私は片方の手で犬を押さえながら、身振り手振りで、聾唖の夫婦に犬を繋ぐ紐が欲しいと訴えた。

夫婦はそれに応えて、お店に戻り、梱包用の紐をもらって来た。

「どうかしたんですか?」

現れたのは中年のコンビニの女店員である。事情を話すと、女性は少し考える風にして、一旦、店に戻りさらに年配らしい女店員と再び現れた。二人は犬を見ながらしきりと話しこんでいる。

「おい、〇〇さん、どうしたんだい?」

今度現れたのは、友人のIさんである。

偶然、煙草を買いに店に寄り、私たちを見かけたらしい。事情を話すと、Iさんは店に入り、ドックフードの小袋を持って戻ってきた。女店員が呼応するように、器を持ってきた。

犬はカラカラと食器を鳴らして、堰を切ったように、食べた。

「よっぽどお腹が空いてたんだねぇ」

無心に食べ続ける犬を囲んで、大人たちは無言になった。

「とにかく、私、家に戻って、もっと強い紐を持ってきて、今日はとにかく、お店の裏に繋いでおきます」

「オーナーがなんと言うかな?」

「うちのオーナーなら、大丈夫。そういうことには理解のある人だから」

「私は役場の〇〇さんに頼んでみるわ。あの人、最近、犬の里親募集の活動も始めたらしいから」

「飼い主が現れてくれれば、一番いいんだけど」

「俺はこれ以上何もできないけど」

日頃は豪放磊落なIさんが顔を赤らめた。

私はマスクを外し、聾唖の夫婦に、大丈夫、なんとかなる、ありがとう、とゆっくり伝えた。二人は安堵したように、にっこり笑った。


後日、私と会ったIさんが、ニヤニヤしている。

「あの犬、新しい飼い主が見つかったぜ、昨日も散歩しているところを見かけた。ありゃあ、いい犬だ」

私の胸の中に、温かいものが拡がっていった。Iさんは続けた。

「気が動いたんだ!あのとき、みんなの。あそこはオーナー以下従業員たちもいつも明るい。だからあの店は田舎なのに県内でも一番の売れ筋で商売繁盛だ」

そう、あのとき、みんな迷わずに、なにかに導かれるように、動いていた。強いて言うなら、目には見えないが、何か尊いもの、それが動いた!。

いまの世相は余りよくはないけど、世間のことが、何でもあのときのようなら、言うことはないのに。

私は時折、牛のようにあのときの出来事をもぐもぐと反芻しながら、ニヤニヤしていた。それが3ヶ月も続いたのだから、いい気なもんだ!






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?