ひだり

私は"ひだり"が好きだ。
漢字よりもひらがなのほうが好き。
一字一字のフォルムも好きだが、三つ揃ったバランスが好き。
指輪はひだり手につけたいし、ピアスはひだり耳に何コも開けた。
階段はひだり足で終わりたい。

小学生の頃からひだりききに憧れている。
ひだり手でペンを持って字を書いているのをみるとキラキラしていた。
心だけ宙に跳ね上がったように感じた。
めずらしいし、特別だと思っていた。
ひだりききっていうだけで良い人と思えたし、もっとその人を知りたくなった。

ひだりききになるために練習もしていた。
小学一年生みたいにひらがなから。
ゆっくり慎重に書いた。
ときどき、"ぬ"や"を"みたいに、自分でもどうやって書いていたか分からなくなる文字は右手で書いてみたりして、自分の手をまじまじと観察していた。

小学校一年生の時、同じ学童だった男の子が人生で初めて会ったひだりききの人だった。
三年生の時、初めて同じクラスになった。
そこでしっかりひだりききだということを確認した。
それから、その男の子だけ少し、ほんの少しキラキラしていた。
すぐ目にはいってきた。
教室に入るのが楽しみになって、その男の子を見つけると心がフワっと浮いていて飛べそうな気分になっていた。
八時二十分から十八時までずっと一緒で嬉しかった。
その男の子のランドセルは、私たちと少し違くてテカテカしていなかった。
まぶしくなかったのは、そのランドセルのおかげかもしれない。

授業中でもその男の子を見ることが多かった。
ひだり手で書いているところを見ていたはずなのに、いつのまにか顔を見ていた。

四年生になってもその男の子を見ることをやめなかった。
席替えをしたあの日くらいから、その男の子は、一人の女の子とよく楽しそうに話していた。
授業中、楽しそうにコソコソ。
二人だけしか知らない話をしているように思えた。
それから私は、授業中ソワソワするようになった。
あの子がうらやましかった。
その男の子と楽しそうにしていて。
それでもプライドが高い当時の私は、学童が一緒なんだぞと勝ったと思っていた。
何が勝ちで何が負けなのか分からないが、とにかくあの子に勝ちたかった。
しかし、その時(四年生)はもう学童は卒業していた。

負けた。

それでも私の行動力はすごく、たくさん話かけていた。
五年生になったある日の席替えで、その男の子と席が隣になった。
幸せだった。
過去一番心が跳ね上がった。
しかし、すぐに床にボトっもおちた。
その男の子のもうひとつの隣はあの子だったのだ。
今まで以上に二人の仲良しぶりを見ることになった。
一番近くで。
それはそれは仲良しで、完全に私の負けだと思った。
勝手にあの子と戦い、負けだと認めるまで一年くらいかかった。
負けと思いはじめた五年生くらいの冬くらいから私は学校を休みがちになり、六年生になればほぼ休んでいた。
そのまま、小学校を卒業し、私立の中学校へ行った。

今その男の子はどんな人になっているのだろうか。
顔もあまり思い出せない。
ひだり手でノートを書いているところしか思い出せない。
ひらがなの"ん"が感じの"人"になる、男の子だった。

私はその男の子のことが好きだったのだろうか。
キラキラして見えたのは好きだからなのか。
そうかもしれないなと最近思いはじめた。
同じ学童、同じ学年にもう二人くらいひだりききの男の子がいた。
私は彼らをキラキラしていると思ったことがない。
笑っているのがうれしい思ったことがない。
ひなりききと聞くと、その男の子を思い出すし、キラキラしたように感じる。

私はひだりききのあの男の子のことがすごく好きだったのかな。
今でも考えている。

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