【オリジナル】コーヒーとえんがわ 1

朝の教室でお気に入りの漫画を読んでいると、友人がそれなりに勢いよく扉を開けてやってきた。

「おっはよー!今日も早いね!」

「おはよう。」

早いといっても、お互いに使っているバスの路線の関係上の数分だけだ。そして『今日も』というのも、その数分がいつも続いている、というだけ。とはいえこれはただのあいさつみたいなもので、いちいち突っ込むのも野暮だ。私は早起きの読書娘で、彼女は遅れてやってくる元気娘。そういった一種のロールを、お互い楽しんでもいる。

「おはよー」

「おはよ。」

ややおくれて落ち着き気味に声をかけてきた彼女も、私の友人だ。どちらかというと、隣の元気娘の友人としての性質の方が強めではあるが。私たち三人はたいてい一緒にいるので、基本的にはみんな等しく友達と言って差し支えないように思う。

「まーた、難しそうな漫画読んでる」

「えぇ?漫画に難しいもなにもないでしょ」

「いやー無理無理。この前のやつちょっと見してもらっただけでも、文字が多くて目眩してきたもん」

「何それ」

少し大げさに話す相方に、私は笑った。人が来てなお黙々と読書(漫画だけどね)を続行するのも何なので、2、3言あいさつ代わりの世間話を交わす。そのうち、元気娘のほうが自分の好きな恋愛ドラマや芸能ニュースの話題にシフトしていく。その辺りの話題になってくると私は流石に手持無沙汰なので、それとなく読書に戻る。この流れもまた、体にしみついた鉄板だ。あるいは、この距離感が、私が元々幼馴染だったというこの二人の中に無理なく溶け込んでいる秘訣なのかもしれない。
しばらく読んでいたら少し目が疲れたので、それとなく窓の外に視線を向けて目を休めた。私たちの通学バスは少し到着が速いので、校門の人影はまだまばらだ。ほかには、校庭に朝練の部活がいくつか。特に大会のシーズンでもないので、多くは自主練に出てきたような面々だ。割合近くから上がった掛け声に目を向けると、白い胴着を着た集団が昇降口そばのアスファルトにマットを敷いて練習をしている。あれは……

「空手部は今日朝練習かー」

私の視線に気づいた友人が声をかけてきた。

「そうみたいね」

「朝っぱらからよくやるわ」

特に練習をじろじろと見物するつもりもなかったので、私は読書に戻ろうと思った。でも彼女たちは興味をそそられたようだ。(裸足で寒くないのかな)(寒いって言ってたよ)(寒いんかい)などと、好き勝手コメントをしながら窓の外をそれとなく眺めている。あんまりやってると練習の邪魔ではなかろうか。
まあ、確かによくやるものだと思う。もう秋というのも憚られる、薄着だと長袖でも風が冷たくなる季節だ。そん中、ただでさえ裸足で寒いだろうに彼らの胴着は半そでである。私ならごめんこうむりたい。練習を仕切っているのは、同じクラスの短髪の男子だ。物おじしない、それでいて砕けた性格でムードメーカーでもある。

「……なになに、あいつが好みなの?」

例によって恋愛脳な元気娘が、そう切り込んでくる。

「別に、ただ視界に入ったから見てただけだし。」

そう言ったが、聞く耳を持つ彼女ではない。というか、わかってていじってきているのもあると思うが。そして、例によって相方も応じる。

「確かに、そこそこ雰囲気イケメンではあるよねぇ。かつスポーツマンで、球技ではなく武道系ってのも捨てがたい。」

「あー、でも私はパス。ちょっとマザコンっぽさない?」

「あー……いわれてみれば確かに(笑)。ありそう。いや知らんけど」

「優しくていい奴には違いないんだろうけどね。ちょっと、あたしの求めてる格闘家像とはちがうかなー。」

「お前はどの目線からものを言っているんだ」

そういって好き勝手笑いあっている。あんたらも好きよね、そういうの。
自分があんまり人のこと言えた性格じゃないのは自覚してるけど、彼女らも大概だと思った。

「……」

「……ねえ、その漫画面白いの?」

そうこうしてるうちにそれすらも飽きてきたのか、今度は私の読んでる本に興味のお鉢が回ってくる。

「ん、面白いよ。貸す?」

「いや、いらないいらない。歴史ものとか……あたし、授業で習った人物すらあんまり覚えてないんだけど。」

まあ、それは私も似たようなものだ。

「あたしもそんなに変わらないって。なんかこう……それこそ教科書に載ってるような偉人が、それに武人も名人も凡人も、みんなどこかかっこつかなかったり泥臭かったりして、等身大の人間に見えるのが好きなのよ」

ふふふ、と笑いかけそうになって、いかん、ちょっと調子乗ってバッサリ表しすぎたかもしれないと気を取り直した。弟に一度「姉ちゃんは好きなものについて語る時だけ途端にちょっと気味が悪くなる」と評されているのだ。
あ、やっぱちょっと引いてる。というかあきれられている。その証拠に特に返答がこない。ただ(好きだよねそういうの……)みたいな表情をこちらへ向けている。まあ、いいか。

「ふー!おはよう!」

その場の空気を破ったのは、そんな絶妙に暑苦しいような人当たりのいいような朝の挨拶だった。正確には、部活終わりのため息と、朝のあいさつだ。地味に文章にして説明する時に困りそうだな。まあしらんけど。

「おー、お疲れー。部活もう終わり?」

「終わり終わり。っていうかあんまり練習中こっちじろじろ見んなよ。見世物じゃねーぞー!」

「あはは、ごめんごめん。」

「まあ、いいけど。俺も周りから一言言っとけって頼まれただけだしなー」

やってきたのは、件の空手部部長だ。まあ、あえて今更説明するまでもない。こういうやつである。

「早朝の女子トークのネタにしてもらってんだからいいじゃないの」

「いやいや。ほかにもあるでしょ話題」

「ほかの話もしてたよ?読んでる漫画の話とか」

ね?と視線がこちらへ投げかけられる。そこでこっちに振るのか。まあ、適当に受け流そうと思ったのだが、そうはいかなかった。

「お、『へんなもん』じゃん!俺も好きなんだよそれ!」

食いつくんかい、という私の心の声をつゆ知らず。やり取りは続く。

「知ってんの?まぁあんたは確かに歴史とか好きそうだわ」

「好き好き、アニメ化とかしててそれなりに有名なやつだよ?」

元気娘が小声で「オタク属性追加……」とつぶやいたのがおそらく私だけに聞こえた。やめなさいっての。

「特にその漫画はなんかこう、主人公は基本馬鹿なことばっかやってるのに、ふとした表紙に本質ついてたり、でも本人はそれに無自覚だったりするのが超面白いんだよなぁ」

そして読む切り口が全然違う。そう読むのかこの漫画を。確かに言われてみればそんな部分もある気はするが。対する彼は、な?というような同胞の言葉を待つキラキラした表情でこちらを見ている。あぁ確かに若干オタク気質あるなこいつ……ってそんなのは今はどうでもいいわ。さてどう返したもんか……。

「お、固まってる。珍しい。」

「おーー???」

と、万年恋愛脳な女子二人が茶化してくるので、なんか無意味に焦ってきた。

「……ち、違う違う!自分と視点が違いすぎててどう返したもんか迷ってただけ!」

「ほーう?」

友人共の視線が集まる。焦って若干しどろもどろになったのもあって疑惑は晴れていないようだ。くそめんどくせぇ。

「おっ、そうなん?確かにいろんな見方ができる漫画だよな、それ。そっちはどんな視点で見てる?」

と、今度は助け舟なんだか地獄めぐりの片道切符なんだかよくわからない言葉が投げかけられた。言えってか、さっき仲良い間柄でも若干引かれた自分の感想を言えってか。

「えー、あー、なんというか……」

おいどうするんだこの状況。誰か助けて。


「……ねえ、これって、ひょっとするとひょっとするんじゃない……?」

「正直、考えたこともなかった組み合わせだけど……。うむ、悪くないかもしれませんな」

……みたいな表情して眺めてないで助け舟だせー!!!という、私の心の絶叫が二人に届くのはもう少し後になりそうだった。


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