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「人間は、生物学的にワンオペ育児に適していない。だから仕組みを整えよう」ジーンクエスト取締役ファウンダー・高橋祥子さん

大学院在学中に株式会社ジーンクエストを創業し、ユーグレナグループに参画したのち、株式会社ユーグレナの執行役員にも就任した高橋祥子さん。2020年に、32歳で第一子を出産しています。一部上場企業の役員として事業の舵をとりながらの子育てについて、両立の工夫や感じることを伺いました。

自分の産休・育休が、チームにとってはレベルアップの契機に

仕事に打ち込めば打ち込むほど、結婚や妊娠・出産のタイミングに頭を悩ませる女性は多い。いずれ子どもがほしいと思っていても、ためらう声はよく聞かれる。高橋祥子さんが妊娠をしたのは、みずから起こした会社を売却し、ユーグレナの執行役員に就任した1年後のことだ。

「高齢出産のリスクが高まる前に子どもを産みたいとは思っていたけれど、20代は生活のまんなかに仕事がありすぎて、事業の心配ごとも多く、子育てなんてまったく考えられませんでした。だけど、29歳のときに会社をユーグレナグループに参画させたことで仲間も増え、身体的にも精神的にも仕事的にも、ちょうどいいタイミングだと感じられたんです」

幸い、そのまま順調に妊娠。とはいえ、妊娠中は何が起こるかわからず、出産まで無事に仕事ができる保証はない。自分がいなくても仕事が回る仕組みを早急に構築しなくてはと、まだ安定期には遠かったが妊娠3ヶ月に差しかかるころ、ユーグレナの執行役員会議で打ち明けた。

「出産前後は穴を開けるかもしれないけれど、ご迷惑をかけないように頑張ります、とお話したんです。そうしたらほかの役員の方々に『穴を開けたとか迷惑だとか思わせないようにするのが、自分たちの仕事だから。妊娠出産にかかわらず、介護や自分の病気といったライフイベントはどんな社員にも起こりうるもの。それを支えていくのがチームプレイであり、仲間だ』と言われて、とても気が楽になりました。

そのうえ、妊娠するまでは『自分じゃないとできないだろう』『この仕事はこの方にはまだ早いかもしれない』などと思い込んでいた仕事も、どんどん任せてみたら実は問題なく進められた。私の産休によって権限を大きく移譲したことをきっかけに、チームがぐっとレベルアップしたんです」

人間という生き物は、そもそも「チームで育児をする」仕組み

東京大学大学院で生命科学を研究し、自社では、遺伝子によって疾患リスクや体質の特徴などを調べるビジネスを展開してきた高橋さん。生命や身体について詳しいと思いきや、実際に妊娠するまで「人の妊娠・出産」や「赤ちゃん」の知識はほとんどなかった。

「私もいつかは子どもを持ちたいと思っていたのに、妊娠の過程で自分に起こることや胎児の発育について、実はまったく知らなかったんですよね。いざ妊娠して学んでみたら、驚くことばかりでした。独身時代から周りには子育て中や妊娠中のメンバーがいたのに、大学の研究室などでは予定日3日前まで実験しているような方も見かけていたから、そんなに身体が大変だなんて思っていなかったのが正直なところです」

妊娠期を乗り越えて出産を迎え、我が子に対面したとき。高橋さんは「なんという脆弱性だ」と思った、と笑う。

「だって、ほとんどの哺乳類は生まれてすぐに自分で食料にアクセスできるし、最低限の危機回避ができるんです。なのに、人間の赤ちゃんは放っておけば何もできずに死んでしまう。こんなにも脆弱な身体で生まれてくるのに、よくぞ人間がこんなに増えたものだと思いました。

進化の過程で残る性質には『生存に有利だから残るもの』と『許容できたからたまたま残るもの』の2種類があります。たとえば、人間の認知能力が高いのは生存に有利だからだけど、体内でビタミンCを生合成できないのは、外部から摂取すれば別にその性質がなくても困らないからです。

同じように、赤ちゃんが未熟な状態で生まれてくる性質が残っているのは、は脳が時間をかけて高度に発達できるという生存に有利な側面もありますが、集団育児をしてきた人間にとって、その脆弱性は許容範囲内だったから。でも、いまの社会では一人あたりの育児に携わる人数が減っているため、その脆さをカバーするだけの手が足りていません。つまり、生物としての仕組みと現代の環境には大きなギャップがあって、“子育て”というものが破綻しているんです」

そもそも「赤ちゃん」とは、生物学的にもワンオペで太刀打ちできるようなものではなかったわけだ。そうした観点も踏まえて、高橋さんは子育ての環境を整えることに力を注いだ。

「とにかく周りに頼っていますね。義母に近くに住んでもらって手を借りたり、ベビーシッターさんや区の一時保育を活用したり、あらゆる手を尽くしていると思います。起業経験を経たからか、私は人に頼ってチームを作ることに抵抗がありません。研究者だったときは個人でどれだけ頑張るかばかり考えていたけれど、会社を立ち上げたらできないことがあまりに多すぎて、周りに頼らなければ回らなかった。おかげで、子育てでも自分ができないことは、躊躇なく周りにお願いできています。でも、人に頼ることが苦手な方はつらいですよね……ただ、チームで育児をすることは、そもそも人間の仕組みにおいて“前提”ですから。人に頼ることは負けじゃないです。というか、子育ては勝ち負けじゃないですもん」

パートナーにも、子育ての「期待値」を明確に伝える

夫婦間のパートナーシップも同様だ。夫婦だけで暮らしていたときよりも、子育てをするようになってからのほうが、うまく頼り合っている。

「子どもが生まれて夫婦仲が悪くなった人たちから、『本当はこれもやってほしい』『本当はこうしてほしいのに』といった自分の期待値を相手に伝えず、不満ばかりが積もっていくという話をよく聞きます。でも、仕事において相手に期待値を伝えないことってないと思うんです。ビジネスなら、明確な指示を出さないほうに責任がある。だからこそ、夫にはしてほしいことをはっきりと伝えるし、してくれたことにも感謝を示しています。家庭運営も、プロジェクトマネジメント的な要素が濃くなってきていますね」

ただし、いまこれほどロジカルに子育てと向き合っている高橋さんでも、産後は本当につらい思いをした。とくに直後は人生で一番つらかったかもしれない、と振り返る。

「幸いこれまで大きな病気やケガをしたことがなかったから、あれほど満身創痍なのは初めてでした。しかも、2020年4月に出産をしたので、世の中は最初の緊急事態宣言の真っただ中。人生で一番つらい身体のときに、2時間おきに起きて授乳しないといけないし、面会もできなくて完全に孤独で……出産直後はホルモンバランスが崩壊するので何もしていないのに涙がとまらなくなるほど、メンタルがやばかったですね。これをひきずると産後鬱になってしまうと思って、退院後はつらかった気持ちを夫に洗いざらい話したり、助産師さんのオンラインカウンセリングを受けたりして、なんとか気持ちを立て直していきました」

産後のつらい気持ちや孤独な入院となってしまったことに、明確な解決策はない。けれど、信頼できるパートナーに打ち明けて、受け止めてもらえたことがよかったという。どうしても睡眠不足を免れない新生児育児にも、チームで立ち向かった。

「母親が手伝いに来てくれたので、産後一ヶ月くらいは私と夫、母で夜泣き対応シフトを組みました。一人目は24~4時、二人目が4~8時を担当して、三人目はその日は一晩中眠る。全員共倒れになるのが一番よくないから、3日に一回はきちんと睡眠をとれるようにしたんです。それでも眠いときは、早めに自己申告してカバーし合っていました。子育てって、やっぱりチームじゃないと立ち行かないんですよね」

「愛情を注ぐこと」と「自分を犠牲にすること」はイコールじゃない

産んだあとも赤ちゃんのお世話をしながら、社内のリモート会議などにちょこちょこと出席。コロナ禍で全体的にテレワーク化が進んだため、とくに不便を感じる場面もなかった。ユーグレナ社内の保育園に子どもを預け、完全復帰を果たしたのは産後2ヶ月だ。

「2ヶ月間みっちり子どもと家にいる暮らしを体験したら、おかしくなってしまいそうで……私には向いていないと確信したんです。復帰して初めて会社に行ったとき、仕事をするのが楽しすぎて、やっぱり私は働いていたいとも強く感じました。対して、乳児のうちの育児ってあまり明確なコミュニケーションはないし、私じゃなくても愛情を持ってミルクやおむつ替えをやってくださる方がいる。であれば、私にとって自己実現のひとつの手段である仕事を大切にしたいなと思いました。

社内の保育園が、生後2ヶ月から受け入れてくれたのも大きかったですね。でも、自治体によっては保育園に入れるまでのシッター代を補助してくれる制度もあったりするので、仕事復帰したいのに預け先が見つからない場合は、あらためて居住地の育児支援施策を確認してみるのがおすすめです」

働きながら子育てに打ち込んで2年半。最初のうちは手探りだったが、少しずつ、時間の使い方もわかってきた。

「子どもを産む前は土日も仕事や勉強をしていたため、そういう時間が取れないフラストレーションはありました。子どもがいると、保育園に預けている時間以外はまったく休みがないですもんね。でも、最近はシッターさんや義母に助けてもらって、意識的にリフレッシュや自己研鑽の時間を確保するようにしています。3人の子どもを育てる女性経営者の先輩には『時間の使い方は決めておくことが大事』だと言われました。『土日は仕事をしない』でも『土曜日は3時間だけする』でもいいけれど、まず決めて、決めたらそれ以上は欲張らない。この時間の使い方が最適なんだと自分を納得させ、満足しながらやっていくことが、ようやくできるようになってきました」

とはいえ、小さな子どもを預けて自分やキャリアを優先させることに、罪悪感をおぼえてしまうケースもめずらしくない。高橋さんにそんな気持ちになることはないかと尋ねてみると「それはないです」と、きっぱり。そして「娘に『ママ、ママ』と求められたら、一緒にいてあげたほうがいいのかなと思ったりはするけれど……」と続ける。

「でも、仕事を思いきりやっているほうが私らしいし、母親がハッピーなほうが子どももハッピーかなと思うんです。もちろん娘に愛情はたくさん注いでいますが、娘との関係が自己犠牲の上にしか成り立たないのはなんだか違う気がして。信頼して子どもを預けられる人が周りにいるのなら、娘にとっても、いろんな人とふれあうほうがプラスになると信じています。それに、愛を注ぐことは自分の時間をすべて捧げることとイコールではありません。

育児にはなぜか根性論や非科学的な話がつきまとうため、つい『母親だからやるべき』などと思ってしまいがちですが、ものづくりが好きでメーカーに勤めている人だって、ものづくりの工程をすべて一人でこなすわけじゃありませんよね。子育てだって、一人で100%を担う必要はない。母親だからといって、自分のすべてを犠牲にする必要もありません。

そして、育児は漠然と大変そうに見えてしまうけれど、目の前の事象を科学的にとらえて対策を練っていけば、乗り越えられることはたくさんあります。もちろん、我が子のかわいさや愛おしさは、理屈抜きで感情のままに味わい尽くしながら(笑)、うまくいかないときはその課題や仕組みを客観的にとらえ直してみてもいいのではないでしょうか」

高橋祥子
株式会社ジーンクエスト 取締役ファウンダー、株式会社ユーグレナ 執行役員 バイオインフォマティクス事業担当。
2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。2018年4月、株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマテクス事業担当就任。

取材+文:菅原さくら
写真:飯本貴子


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