〔短編連作〕弟月町のひとびと ⑭@昭和
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14.べにすずめ
小学生のころ、小鳥を飼うのがちょっとしたブームになったことがある。
同級生の家で可愛らしいカナリアを見て以来、私も小鳥が欲しくなって親にせがんだ。私にしては珍しく、それはもうしつこくせがんだのである。
根負けした親と小鳥屋に行ったのだが、いかんせんカナリアは高かった。
そこで店主に勧められたのが、小さな紅雀だった。
(ちなみに現在ではほとんど売られていない。ペットが逃げ出して野生化した個体はいるらしい)
赤い羽の雄と緑の羽の雌、つがいの紅雀が我が家にやってきた。
憧れの「小鳥が居る生活」! おしゃれな鳥かごなど我が家にはなく、ペンキの禿げたお古の鳥箱しか用意できなかったのだが、私は喜び、赤い羽の子にはベニ、緑の子にはミドリと名付け、姉と交代でせっせと世話をした。
つがいの二羽は仲むつまじく、朝から元気よく鳴いた。
餌の粟粒をよく食べる。青菜も食べる。水入れに飛び込んで水浴びもする。
しかし、そのうち不思議なことが起きた。
買った当初は赤に白い斑点が見栄えしていたベニ。だんだんと色が褪めて、しまいには地味にくすんだグレーの羽に僅かな褐色が見える程度になってしまったのだ。
ミドリもまたしかり、鮮やかな緑色はこれまた地味なグレーと暗褐色になった。
なんのことはない、彼らは人間の手によって着色されていたのだ。
(当時はよくあったらしい)
こうして我が家の紅雀は、くすんだグレー地にほんのちょっと色のついた羽を持つ地味紅雀となった。
だがしかし、見た目は地味でも仲良しのつがい鳥。
雄は繁殖期になれば鮮やかな赤い羽になる、という図鑑の説明文を僅かな希望として、私と姉は待つことにした。そのうち卵を産むだろう、雛が孵ったらさぞ可愛かろうと、勝手に淡い期待を抱き、貝殻などせっせと食べさせたのだ。
が。
いつになっても卵は生まれなかった。
ひょっとしてひょっとしたら、雄雌のつがいではなく二羽とも雌だったのじゃないかという疑念さえ生まれてきて、図鑑の写真と見比べながら姉と首をひねった。
ここにもう一羽雄を連れてきたらはっきりするかもしれないが、あまりにむつまじく鳴き交わしている二羽を邪魔するのは、かわいそうだ。
結局二羽はそのまま地味に、繁殖期がいつやらわからないほど地味に暮らした。図鑑で見るような鮮やかな赤い羽など、ついぞ見なかった。
そうして四年ほど経っただろうか。
ベニの様子がおかしくなってきた。餌はよく食べるのだが、片足で立っていることが多くなった。どうやら足を傷めたらしい。とはいっても近所の獣医さんは「家畜診療所」であって、犬猫ならともかく小鳥は専門外。
そもそもペットの小鳥を医者に診せるような贅沢が許される家庭など、そのころには無かっただろう。
そのうちに止まり木に掴まるのも困難になったが、私たちは見守る以外になかった。
そして秋の朝。
いつになく大きな鳴き声が止まず、驚いて見に行ってみると――ベニが鳥箱の床で冷たくなっていた。早朝から聞こえていたのは、ミドリが動かない相方に寄り添って一生懸命呼びかける声だったのだ。
と、ミドリが飛び立ち、今度は猛然と餌を啄みはじめた。それはもう一心不乱に。
まさか相方が死んでヤケ食いしてるんじゃないだろうね、と心配する私たちをよそに、食べ終えたミドリはベニの傍に戻ってきて、亡骸に自分のお腹を乗せるようにじっと座った。そうして数分経つと、再び猛然と餌を食べ――それを繰り返す。
もしかしたら、と姉は言った。
餌を食べると体温が上がる。その上がった体温で、冷たくなった相方を懸命に温めようとしているのではないか、と。
そんなことをしたらおまえさんも身体を壊すよ、と私たちは言い聞かせたが、聞くわけもない。ミドリは黙ってただ餌を啄み、えずきそうになりながら詰め込み詰め込み、冷たいベニをお腹で温める。
見ていられなかった。
ごめんねを言いながら、わたしたちはそっとベニの亡骸をミドリから引き離し、庭の枇杷の木の根元に埋めた。
その日一日、ミドリは大声で鳴き続けていただろう。私たちは耳を塞ぐ思いで学校に行かなければならなかった。
その夜は月が明るかった。
なんとなく眠れないままでいると、誰かの歌う声が外から聞こえた。
こんな時間に誰が、と見ると、猫の額ほどの我が家の庭で、二人の童子が向かい合って遊んでいた。いや童子というには大人びた顔だが、二人とも子供のように小さかったのだ。
鹿の子模様の千代紙でこさえた揃いの単衣に、茶鼠色の帯。髪は背中までの垂髪で、男だか女だかわからないが、月明かりの下でお互いの掌を合わせて手遊びしていた。
せっせっせーの よいよいよい
月さん月さん 東へおざれ
月さん月さん まんまろな
星さん星さん 南へおざれ
五彩の雲は 美味かろな
あの二人を知っている、となぜか私は思った。
けれど声をかけてはならないとも思ったので、窓の内からただ見守った。
遊び終わると、二人は手を取り合ってうふふと笑った。
「そっちは寒いかえ?」
「いんや、寒うはないよ」
「もうちっとお待ちよ、じきに発てるよ」
「はいなはいな、一緒にいこうな」
詠うような声で語り、そしてまたうふふと笑って、二人は枇杷の木の根元まで歩いていった。
覚えているのはそこまでだ。
いつの間にか私は自分の布団に戻って眠っていた。
翌朝、鳥箱は静かになっていた。
前日のベニと同じ姿勢で、ミドリは静かに冷たくなっていた。
私は姉と二人で、ベニが眠る枇杷の木の根元にミドリも埋めてやった。
昨夜見た二人の童子の話は、姉にも誰にも話すまいと思った。
なんだか話してしまうと、作りごとのようになってしまいそうで悲しい。
もう小鳥は飼わなくていいかな、とだけ言って、この件はお終いにした。
* * *
あれから随分と年数が経ち、実家の枇杷の木もとうに無くなってしまった。けれどあのつがいの紅雀のことは時々思い出す。二人の童子のことは誰にも話してこなかったが、文字に綴るならまあいいかなと、ふと思い立ってこうして書いている。
なぜかというに、今夜は月が綺麗だからだ。
(次の話)
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