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【徹底考察】レゲエシーンは『LICK』をどう裁くのか?

2022年も早や半月を過ぎた一月の半ば。年末年始の慌ただしさも落ち着き、皆が“いつも”の日常に戻っていたそんな矢先、平穏な日々をいとも簡単にざわつかせるような、そんな一曲がYouTubeにUPされた。
そう、Shenseea×Megan Thee Stallionの『LICK』である。

現行ダンスホール・レゲエとヒップホップ、このふたつのシーンで一線を走る二大女性アーティストの初共演とあって当初から注目度も高く、UPされてから僅か10日で既に再生回数も500万回を突破。その勢いはまだまだ止まらず、現在も再生回数をグングン!と伸ばし続けている。
そしてこの曲が注目されるのにはもうひとつ理由があり……実はレゲエの生まれた島ジャマイカの、“ある”タブーに触れているのである。

何故、彼女たちはこの曲を制作するに至ったのか? そして、同曲は今後シーンにどう影響を及ぼすのか?? 今回は皆と一緒に考えていきたいと思う。

ミーガンは分かるけどシェンシアって誰?

まず“ミーガンジースタリオン”に関しては、恐らくぼくよりこれを読んでる皆さんの方が詳しいだろう。説明不要。現行HIP HOPシーンの最前線を走る女性アーティストであり、2020年にはTIME誌『世界でもっとも影響力のある100人』にも選出。
ウィキペディアはじめ、検索すれば山ほど情報が出てくるので是非そちらを参照してもらいたいと思う!!

ちょっとミーガンを端折り過ぎてしまった感は否めないが、超有名人なのでお許し願おう。何故ならば今回の一件、鍵を握るのは彼女とタッグを組む“シェンシア”なのである。

ジャマイカ人と韓国人のハーフのアジア系。肌色も綺麗な「ライトスキン」で(※肌の色が薄い方が美しいという黒人特有の美意識。ディスティニーズチャイルドにはビヨンセより肌色が薄い女の子は入れなかった、という有名な都市伝説もあるほど)本国ジャマイカでは国民的アイドルとしての一面も持つ。

2010年代半ばより本格的にヒットを飛ばし始め、2019年には鳴り物入りでメジャーデビュー。ラッパーのTygaをfeat.した『Blessed』がスマッシュヒットとなる。


その後も順調にキャリアを積み、2021年には世界最大級のHIP HOPフェス『ROLLING LOUD』に唯一のレゲエ・アクトとして出演。KANYE WESTの『DONDA』にも二曲客演で参加する。

同年行われた東京五輪では女子200mで金メダルを獲得したエレイン・トンプソン=ヘラが、
走ってる間、ずっと頭の中で『RUN RUN』が流れていたわ!
と、彼女の楽曲に触れてインタビューで発言。話題を集める。

現行ダンスホール・レゲエシーンにおいて紛れもなくTOPに君臨するアーティストであり、常にその一挙手一投足に注目を集める存在。


二重にヤバい歌詞、MV

この『LICK』という楽曲、何がそんなに騒がれてるのかというと、一にも二にもその扇情的なリリックの内容にある。18禁な内容なのであえて多くは語らないが、ちょっとリリックの一部を意訳するとこんな感じ。

でっかいチ●コは好きだけど それだけじゃ物足らない
舐めて欲しい
ひざまずいてよ だって私は女王だから

『SHENSEEA feat.MEGAN / LICK』

これだけでも十分に過激なのだが、実は“レゲエ”の生まれた国、ジャマイカではオーラルセックスがタブー(!!)。そもそもタイトルの『LICK』というワード自体が直訳すると「舐める」という意味で、もう“モロ”なのである!

“●●サウンドは女のアソコを舐めてるらしいぞ!”
“あいつはバティマン! 今すぐ燃やしてやるわ!!”

ちょっとレゲエのサウンドクラッシュに触れたことのある人なら、そんな内容で対戦相手をDissるMCを耳にしたことがあるだろう。ジャマイカ人的、レゲエ的な価値観で言うと歌詞の内容もさることながら、ミーガンとの“ビアン”的な絡みのMVもかなりヤバく、完全に「狙っている」のである!!

自国のTOPアイドルでもある人間がこんな内容の歌で、しかもこんなMVをリリースしちゃうんだから(それもアメリカのTOPアーティストと組んで!)、ジャマイカ人に与えた衝撃がいかほどのものかお分かりになるだろうか?

現在も賛否両論が巻き起こり続けていることは言うまでもなく、ここ日本においても海外シーンに精通したMIGHTY CROWNをはじめ、明らかな嫌悪感を示す識者は多い。


そもそもなんでタブー?

“あいつら女のアソコを舐めてる!”
“お釜野郎どもめ!!”

これらはレゲエのサウンドクラッシュにおいても定番中の定番Dissだが、何故このような発言が生まれるかというと背景にはジャマイカ人の性に対する特有の価値観がある。
奴隷時代からの複雑な紆余曲折が絡み合って形成されたもので、ひとことで説明することは出来ないのだが……あえてそれを説明しろ、と問われれば、そこには『聖書』の記述が大きく関係してくる(※ジャマイカ国旗に描かれた十字はこの国が熱心なキリスト教徒の国であることを示している)。

そもそもキリスト教は“SEX=悪”とする宗教。聖母マリアは処女のままキリストを身ごもった、と聖書にも書いてある。

ただそれでは子どもが生まれなくなってしまうので、唯一“子作りのための性行為”だけは「アリ」とするのだが、それ以外、たとえば“お口でしたり”“同性同士で求め合ったり”ということは神に背く大罪、ということになるのである。
ちなみに女性の中絶も「基本的」にはタブー。

現職のアメリカ大統領ジョー・バイデンはキリスト教保守派のカトリックだが、時代の流れの中で「同性婚」や「中絶」を容認するスタンスを取り(何故ならそうしないと票取れないので)、それもやはりカトリック系の教会からは批判されている。
なのでバイデン大統領は有権者からの支持を得るため実際にバチカン市国に赴きローマ教皇と宗教上の倫理について対談したりと……日本人には理解し難い複雑な世界線がそこには存在するのである。


何故『LICK』を出した?

今回制作サイドが『LICK』で大幅に振り切ってきた背景には、やはり前年通じてのシェンシアの今ひとつ振るわないセールスにあったように思う……。

『ROLLING LOUD』出演や『DONDA』への客演など、それなりにトピックはあったものの、アーティスト単体で出した曲では再生回数1000万回を突破したような作品も結局出ず。片やライバルのSPICEは『GO DOWN DEH』が4000万回以上廻って“オバマ元大統領のプレイリスト”にも選出(とはいえスパイスも『GO DOWN DEH』だけが突出しているのみで、それ以外はどっこいどっこいなのだが)。そしてそもそも再生回数だけならレゲエからの派生ジャンルであるレゲトンなんか普通に“億”行く!

USのメジャーフィールドでやっている以上“さすがにこれでは……”となったのは自明の理だと思うし、プライベートでの親交もあり超大スターでもあるミーガンジースタリオンも投入しての「炎上商法」に踏み切った、というところだろうか。
下手したらシェンシアが母国に帰れなくなる可能性すらはらんでいる訳だが、いやはやいつの時代もショウビズの世界というものは過酷である。


しかしある意味の「世直し」でもある

「レゲエ好き」でもあまり新譜を聴かないような方は、今回の一件さぞや面喰らったと思うが、実は今回のような「踏み込んだ」楽曲はこれが初めてではなく、シーンの中ではここ数年、よく取り沙汰されるトピックでもあるのだ。

一例を挙げれば未だに“現場”でもよくかかるDEXTA DAPSの『CALL ME IF』(※あの90年代に流行ったガンガリーをサンプリングしたやつ)は、オーラルセックスの描写がある曲なのだが、歌詞の内容はなかなかに凄まじく曲の大オチは
“She seh she like fi swallow(彼女はごっくんするのが好きって言うのさ)”
である。
VYBZ KARTEL以降、女から男への「お口のご奉仕」はレゲエのリリックスでも事実上解禁されているのだが、もう今ではここまで進んでいるのである。

そうかと思えば女性DeeJay・ISHAWNAが“ク●ニしてほしいの!”と堂々とのたまった『EQUAL RIGHTS』は猛烈なバッシングを受け、かの大御所BOUNTY KILLERが「俺と同じステージに立った時、あの曲を歌ったらあいつを殺す!」と怒りを露わにしたほどである。

他国の文化にあれこれ口を出すことは無粋ではあると思うが、これでは「男尊女卑」と言われても仕方がないだろう。

だから、シェンシアというアーティストがUSメジャーのあの規模であの内容の曲を歌うことは、言わばここ数年のレゲエダンスホールの総決算でもあり、引いては「ジャマイカ女性のエンパワーメント」にも繋がってくるのだ!!

ちなみに前述のISHAWNAの楽曲『EQUAL RIGHTS』(※PETER TOSHの同名異曲でもある)は、直訳すると“平等の権利”という意味である。


『LICK』はどうジャッジされる?

『LICK』リリースと同時に、シェンシア待望のメジャーデビューアルバムのリリースもアナウンスされた。
コロナの影響でツアーの段取りも大幅に狂っているだろうし、制作サイドとしては何としてもこの『LICK』の炎上で話題をさらって3月発売のアルバムに弾みをつけたい。そしてそれを引っさげて世界ツアー、というのが目下の目標であろう(※現在、InstagramとTikTok同時開催で『LICK』の「踊ってみた動画」のいいねコンテストも開催されている。優勝賞金はそれぞれ10,000ドル。ちなみに日本円にして100万円強!)。


さぁレゲエシーンは『LICK』をどうジャッジする? それともジャッジされるのはレゲエシーンの方か?
シェンシアは“レゲエを貶めたA級戦犯”となるのか? それともバカ売れして“女性の地位向上を果たし、レゲエを復活させた救世主(メシア)”となるのか??

“審判の日”はすぐそこに迫っている。



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