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絶景温泉200#16【山中温泉と鶴仙渓】

新しくスタートした連載「絶景温泉200」。著書『絶景温泉100』(幻冬舎)で取り上げた温泉に加えて、さらに100の絶景温泉を順次紹介していこうという企画である。

第16回は、山中温泉と鶴仙渓(石川県)

北陸の名湯・山中温泉(石川県加賀市)は、『奥の細道』の道中に立ち寄った松尾芭蕉が心酔した湯として知られる。

一説では、芭蕉は温泉が好きではなかったといわれる。芭蕉が東北や北陸など温泉が豊かな土地を通過しているにもかかわらず、温泉にまつわる句をほとんど詠んでいないからだ。現在の那須湯本温泉(栃木県)や飯坂温泉(福島県)、鳴子温泉(宮城県)などを訪れたのはたしかだが、温泉に関してはスルーしている。

そんな芭蕉が、山中温泉には8泊9日の長逗留。よほど気に入ったのだろう。こんな句も残している。「山中や 菊は手折(たお)らじ 湯の匂ひ」。菊の露(つゆ)を飲んで長生きしたという中国の伝説を踏まえ、菊を折って露を飲む必要のないほど山中の湯は効能があると称賛したのである。

1300年前の開湯といわれる山中温泉は、山に囲まれた情緒あふれる温泉地。大聖寺川沿いに20ほどの温泉旅館が建ち並ぶほか、メインストリートの「ゆげ街道」には、土産物屋や飲食店、ギャラリーなどが軒を連ねており、たいへんにぎやかだ。

だが、温泉街に沿って流れる渓谷「鶴仙渓(かくせんけい)」まで足を延ばすと、芭蕉が「行脚の楽しみここにあり」と評した1.3キロに及ぶ渓谷美が広がる。

ハイライトは、総檜づくりの「こおろぎ橋」。特に紅葉の時期は、赤と黄色に染まった木々の葉がその景色に彩りを添える。観光客にも人気の撮影スポットだ。

四季折々、表情を変えるのも鶴仙渓の魅力。桜や紅葉の時期も格別だが、キラキラと葉と水面が輝く新緑の季節も美しい。もちろん、冬は雪景色も堪能できる。

渓谷の遊歩道の一角には季節限定(春から秋にかけて)の「川床」が出現する。渓谷美を眺めながらロールケーキや加賀棒茶などに舌鼓を打つのも風流である。

温泉に入浴するなら、共同浴場「総湯 菊の湯」に立ち寄りたい。芭蕉が浸かったとされる由緒ただしき湯で、1300年前の源泉の発見から一度も場所が変わっていないという。

昭和の初めまでは旅館に内湯がなく、旅人も住民も一緒にこの湯を利用していたとか。地元の人に愛されているのは今も同じ。次々と常連さんが菊の湯に吸い込まれていく。その賑わいは、建物の外まで入浴客の声がもれてくるほどだ。

天平風の建物は共同浴場としては立派で、男女別棟のつくりは全国でもまれである。暖簾をくぐると、なぜか入口が2つ。どちらから入ろうか迷っていると、「中でつながっているから、どっちでも同じだよ」と番台さん。浴室には30人以上は入れそうな大きな湯船がひとつ。みなさん顔見知りなのか、至るところで世間話に花が咲いている。

腰まで深さのある湯船にどっぷり身を預けると、鎮静作用があるとされる透明湯が、やさしく体を包み込む。湯は循環利用されているが、地元の人や観光客が和気藹々と入浴している風景は、後世に残したい絶景といっても過言ではない。

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