東工大女子枠について私が思うこと

2023年5月17日追記
 「差別」という言葉が人により受け取り方が異なる可能性があるため,当note内で「差別」という言葉が用いられていた部分を適宜別の表現に変更しました.当初,筆者としては,

区別:単に分けること
差別:差を元に異なる扱いをすること

というニュアンスで言葉を利用していました.しかし,人により「区別が差を元に異なる扱いをすることで,差別は区別のうち不当なもの」「差別と区別は元々大差なく,単に扱いに差をつけること」「差別のうち合理的なものが区別」などの様々な解釈があるようです.Weblio辞書にはこれらの言葉は以下のように定義されていますが,差別を1の意味で解釈すればそれは「区別」と大差がありません.


さ‐べつ【差別】
読み方:さべつ
[名](スル)
あるもの別のあるものとの間に認められる違いまた、それに従って区別すること。「両者の—を明らかにする
取り扱い差をつけること。特に、他よりも不当に低く取り扱うこと。「性別によって—しない」「人種—」
しゃべつ(差別)

https://www.weblio.jp/content/%E5%B7%AE%E5%88%A5

く‐べつ【区別】
読み方:くべつ
[名](スル)あるもの他のものとが違っている判断して分けること。また、その違い。「善悪の—」「公私を—する」

https://www.weblio.jp/content/%E5%8C%BA%E5%88%A5 


 これらの言葉の定義が人によって異なることが最大の問題であり,そこを明確にしないとこれらの言葉を用いた議論が水掛け論となると思われます.この記事で本当に論じたいことは「その区分(単に分けること,という意味です)が正当か不当か.あるいは,そこに合理的な理由はあるのかないのか」という点であると私は思います.人によりニュアンスが異なる言葉を用いることは本質的でない部分で議論を呼んでしまうと考え,今まで「差別」「区別」という表現を利用していた部分を違う表現に置き換えることにしました.


東工大女子枠について

 2022年11月10日,東京工業大学が総合入試及び推薦入試における女子枠の設立を発表した.

東京工業大学は、2024(令和6)年4月入学の学士課程入試から、総合型選抜および学校推薦型選抜において女性を対象とした「女子枠」を導入します。2024年4月入学者の入試では4学院(物質理工学院、情報理工学院、生命理工学院、環境・社会理工学院)で新選抜を開始し58人の女子枠を導入、2025年4月入学者の入試では、残りの2学院(理学院、工学院)で新選抜を開始し85人の女子枠を導入します。最終的に、全学院の女子枠の募集人員は計143人になり、これは学士課程1学年の募集人員1,028人の約14%に相当します。

https://www.titech.ac.jp/news/2022/065237

 東工大の益学長は,上に述べたページにおいて,女子枠について「今回の入試改革は,女子学生比率の向上を飛躍的に加速させるための大きな挑戦」と述べている.
 しかしながら,SNSでは賛否両論の声が上がっていた.賛成意見の一部としては,「少ない理系女子を増やすためにやむをえない」「偏りをなくす良い施策」という声がある.その一方で,反対意見の中には「男女平等の考えに逆行している」「東工大に入った女子が女子枠だとみなされ,能力が低いと判断される」などという理由で,女子枠の弊害を懸念しているものも存在していた.

 私自身,このニュースを最初に見たときに否定的な感情が浮かんだ事は否めない.しかしながら,今回の女子枠について深く掘り下げることにより,新たな知見が得られることもあるだろうと考えた.
 なお,最初に述べておくが,筆者の考えは「慎重な議論を有するべきだが,頭ごなしに否定されるべきものではない」である.積極的に賛成しているわけではないが,明確に反対するだけの理由や根拠も持ち合わせていないのが現状だ.

 本記事では,入試に関するトピックで今まで議論になったものの類似性・相違点について考察し,今回の女子枠が社会の中でどのような立ち位置にあるのかを論ずる.

第1章 類似の事例

 入試で女性に対する不当な扱いとして話題になったものに,「医学部女子減点事件(2018年)」及び「都立高校の女子合格点が男子合格点より高い問題(2021年)」がある.以下にそのニュースを示す.

東京医科大学が今年2月(筆者注:2018年)に実施した医学部医学科の一般入試で、受験者側に説明のないまま女子受験者の点数を一律に減点し、合格者数を調整していたことが関者への取材でわかった。こういった点数操作は遅くとも2010年ごろから続いていたとみられる。同大は、前理事長らが不正合格をめぐって東京地検特捜部に在宅起訴されており、来週にも入試に関する調査結果を公表する。

https://www.asahi.com/articles/ASL824PXZL82UBQU00G.html

東京都立高校の普通科の一般入試は、募集定員を男女に分けて設定しているため性別によって合格ラインが異なる。都教委は毎年30~40校を対象に是正措置を講じているものの、2015~20年に実施した入試では、対象校の約8割で女子の合格ラインが最終的に高かったことが、都教委の内部資料で判明した。1000点満点で最大243点上回るケースや、男子の合格最低点を上回った女子20人が不合格とされた事例もあった。

https://mainichi.jp/articles/20210526/k00/00m/040/003000c

 人によっては,この2件のニュースを持ち出して「どうしてこれらはNGなのに東工大の女子枠はOKなのか(あるいはその逆)」という意見を述べているものもあった.
 しかしながら,これらの論点(それぞれのケースの何が問題にされているか)を明確にしないと建設的な議論にはならない.そこでまず,これらのケースの問題が何なのかについて考察する.
 今回の3つのケース「医学部女子減点事件」「都立高校の女子合格点が男子合格点より高い問題」(長いので,以下「都立高校問題」とする)「東工大女子枠問題」の論点をいくつか考えると以下のようになる.


(A)医学部女子減点事件

  1. 女子が一律に減点されることを事前に共有していない点は許されることか

  2. そもそも,女子という理由で減点することは許されることか

(B)都立高校問題

  1. 男女別定員が存在する事は許されるか

  2. 男女別定員か

(C)東工大女子枠問題

  1. 入試において受験者の属性で優遇する事は許されるか


 これらについて個人的な考えは以下のようになる.

 まず上の(A)についてだが,A-1の「女子が一律に減点されることを事前に共有していない点は許されることか」については「断じて許されるべきではない」となる.入学試験において公平性を損なう行為(受験要項に明記されていない基準で採点や合否を変える)事は断じて許されないと考えられる.

 一方,A-2は「女子を減点するためには,そのことを明記する必要がある」という考えにおいて,「女子を減点することを明記する」ことが許されるかどうか,という議論である.個人的にはこれも許されるべきではないと考える.少なくとも,合理的な理由(納得できるかどうかはともかく,筋が通っている理由)は必要であろう.

 しかしながら,明記された上で減点していたのであれば,少なくとも「不正入試」ではない.医学部女子減点事件は「不正入試である」ことが論点の1つに入っており,これが他の2つと本質的に違う点である.もちろん,明記していたとしてもそのことが議論になることに変わりはないだろうが,不正という点では(B)(C)と同列に語れる問題ではないという事は理解しておく必要があるだろう.

 次に(B)について考える.(B)は(A)とは異なり,事前に明記された上で受験を行うことができるので,不正入試ではないことには注意が必要である.
 一般に,男女別定員とは事前に「男子X名,女子Y名を募集する」と募集要項に明記されているような入試である.広義には「募集者X名のうち男女それぞれY名を取り,残りは成績順に取る」といったように,部分的に男女別の定員を考えているものも含まれるので,今回はこれも含めて男女別定員と呼ぶことにする.

 まずB-1について考える.男女別定員は男女に分けて定員を定めるシステムである.しかし,さらに広義に言えば,女子校・男子校も,「男子X名,女子Y名を募集する」における,XとYのどちらか片方のみが0である男女別定員と言えなくもない.「男子校・女子校が存在する必要性があるか」という点は今も議論になっており,明らかな答えが出せる設問ではないが,現状男子校・女子校が存在している以上,「そちらはOKだが男女別定員はNG」という答えは個人的にはダブルスタンダードに感じられる.

 次にB-2について考察する.男女別定員は男女で別の定員が定められているわけだが,これにおいて「合格ラインが女性の方が高かった(同じ点数で,男性は合格したが,女性は落とされた)」という事実だけをもとに「女性に対する不当な扱いである」という結論を導くことは少し論理の飛躍があるように思われる.
 本質的な問題は,もし男性の方が成績が高ければ,男性の方が合格ラインが高くなるということである.もっとも,「男性を多くとるため」という理由でこのような男女別定員が設けられているのであれば,それは(是非は別として)女性に対する不当な扱いである,といえる.歴史的にいえば男女別定員そのものは女性の進学機会を確保するために作られたものであるが,現状女性に対する不公平感を生んでしまっているのは認めざるを得ないだろうが,男女別定員というシステム自体がすなわち女性に対する不当な扱いに直接結びつけられるというわけではないことは留意しておく必要があるだろう.

 最後に,(C)について考える.(C)は(B)とは異なり,制度上明確に女性が有利になるシステムである.「(A)の逆ではないか」と比較し非難するような意見が多く出ていたが,(A) は不正があったという論点が含まれているため,そのまま比較することは適当ではない.

 そこで,思考実験として,(A)から「説明なく減点された」という論点を取り除き,「(A')医大で事前に女子を減点すると明記した上で女子を減点する」について考える.(A')と(C)は,「特定の性別を優遇する」という点においては同じである.合理的な理由があるにせよないにせよ,優遇されている性別が存在するのは紛れもない事実である.
(なお,(A')には,女性医師が多いと特定の診療科が増えてしまい,体力が必要なところの医師が減ってしまうという男女の体格差を根拠としたものが多い.もっとも,これが(A')を行うだけの理由になるかは別である)

 しかし,(C)はアファーマティブアクションであり,(A')はそうではないという点が異なるともいえる.以下の章では,アファーマティブアクションという点を踏まえ,(C)にフォーカスして議論する.

第2章 アファーマティブアクションからの視点

 アファーマティブアクションについては,Wikipediaでは以下のように定義されている.

アファーマティブ・アクション(アメリカ英語: affirmative action [əˈfɝmətɪv ˈæk.ʃən]、イギリス英語: positive discrimination [ˈpɒzɪ̈tɪv dɪskɹɪmɪˈneɪʃən]、肯定的措置、積極的是正措置)とは、1961年にアメリカのジョン・F・ケネディ大統領が大統領令で初めて使用した語で[1]、弱者集団の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境に鑑みた上で是正するための積極的な改善措置を表す。この場合の是正措置とは、民族や人種や出自による差別と貧困に悩む被差別集団の、進学や就職や職場における昇進において、特別な採用枠の設置や、試験点数の割り増しなどの優遇措置を指す。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

 アファーマティブアクション(以下,Affirmative Actionの頭文字をとってAAとする)そのものは悪い概念ではないが,AAを行うにはそれ相応の根拠が必要となることには注意するべきである.というのも,AAは不当な扱いを受けていた集団が不利益を被っている現状を変えるためのものであるが,それは不当な扱いを受けていなかった集団への不当な扱いになりうるからである.実際,positive discriminationは「積極的不当な扱い」という意味である(注:discriminaitonのCollinsの辞書による定義は以下に示します).AAの是非については今回は論じないが,AAは手放しで賛同されるものではないことについては理解しておく必要はあるだろう.

 さて,今回の議論のポイントは「AAが今回の女子枠で許されるか?」という点である.まず,東工大に女子学生が少ないというのは事実である.問題は,これが「どの程度社会による抑圧の結果起きているのか?」という点である.今回「どの程度」というOpenな質問(Yes/Noで答えられない質問)としたのは,社会の抑圧は白黒ではなくグラデーションであると考えられるからである.

 個々の事例で「私は女子だからという理由で理系に行くのを止められた」というケースはあるだろうし,それに対する支援はなされて然るべきである.しかしながら,社会的に「女子に対して理系に行くべきではない」という風潮があるかないかに関しては,個々のケース(自分はこうだった,周りの数人はこうだった)だけで判断することは早計であることを注意しておく必要がある.ただ,同様のケースが何百・何千・何万・何十万と集まるにつれて,社会の抑圧が(程度こそ分からなくても)存在していることが判明するかもしれない(筆者はそのようなデータを有しているわけではないので,社会的な圧力について調査したデータを有している方がいれば示してくれると助かります).
 もしこのような抑圧があるのであれば,これらの抑圧を減らす(orなくす )ためという理由は,AAを行うための理由としてはある程度合理的なものであるとはいえるだろう.

 ただし,抑圧があろうとなかろうと,女子が少ないことは事実であり,それを問題視する声も大きい.その件について,「理系女子が少ないこと自体が,理系に女子が少ないという現状を再生産している悪循環がある」という視点もある.調査すると,文部科学省が作成しているスライドを発見した(必要なデータだけ抜粋).

高等学校生の文系・理系の選択状況について
男子 理系27%  文系38%
女子 理系16%  文系54%
(1ページ目)

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/__icsFiles/afieldfile/2019/05/23/1416449-2.3-2_2.pdf
  •  これらが社会的な抑圧の結果であるとし,さらにそれを問題視するのであれば,「女子枠」なるものを設けることにより抑圧を減らすことが可能である.そうでないにしても,女子に対して「これなら理系に進んでみようかな」というきっかけになるかもしれない.
     実際抑圧があるかどうかは不明であるが,脳の構造に性差はないという近年の風潮が事実なのであれば,社会的な力によって理系を選ばなかった女性(あるいは,社会的な力によって理系を選んだ男性)が多いことになる.もしそのような悪循環を打ち破って風潮を変えるために,女子をある若干強引に増やすということは,賛否の否の意見が多かったとしても,決して許されない行為というわけではないといえるだろう.

結論 女子枠について

 今回の東工大の女子枠は,2024年に行われるものだけで言えば,少数である推薦入試・AO入試のみであり,一般入試という規模の大きいものではなく,結果として東工大の男女比に大きな影響を及ぼすものではない.
 そのため,理系に女性が少ないという現状を少しであっても解決するために女子枠を設けるという方法は,賛否こそあれ非難されるべきものではない(少なくとも,医学部の不正入試と同列に語られるべきものではない)だろう.
 しかしながら,今後これらの女子枠が一般入試に拡大されるにつれ(規模が大きくなるにつれ),それ相応の理由が必要となる点には留意が必要だ.同時に「これは一時的な対処であり,根本的な解決策ではない」「このようなAAは男性に対しての不当な扱いになりうる」「社会的な抑圧があるとするならば,それは女性に対してだけの問題ではない」という視点を持つことが重要であると考える.そして,AAは不当な扱いである一面が存在する以上,あるタイミングで見切りをつける必要があることは忘れないようにするべきである.

 また,トートロジー的にはなるが,「理系に女子が少ない」ということは「理系に男子が多い」と同義である.
 従って,「理系を選びたくもないのに選ばされている」男子たちと「理系を選びたいのに選ぶのを止められている」女子(もちろん男女ともにその逆もあるだろうし,その人たちも含めてすべての人)たちが,自分の選択を尊重され,自分が進みたい道を選べる時代になるのが一番だ.その結果としての偏りは「自由選択の結果偏った」だけであり問題視されるものではないと考える.そのような時代が来ることを私は願っています.
 長くなりましたが,読んでくださってありがとうございました.

 

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