人に合わせる人はカウンセラーにも合わせるのか?その合わせ方は疾患によって違うのか?
【質問】愛着障害の人は、人に合わせるというお話が何度かあったと思うのですが、カウンセリングの場でも合わせることがあったりするのでしょうか?
私も毒親に自己主張を奪われて来たので、やはり人に合わせてしまい、愛着不全かなと思っています。その場合、二つのタイプの合わせ方にはどのような違いがあるのでしょうか?
【お返事】質問者さんは、愛着不全と自認されているのですね。愛着に問題のある人は、カウンセラーにも当然、合わせてしまいます。合わせなくてもいいことは分かっていても、やってしまいます。合わせ方も2タイプあって、「人が怖いので従順に合わせる」から、「見捨てられないように合わせる」まであります。
※この記事は、Twitterの質問箱に来た質問を深掘りして回答したものです。
■カウンセラーに合わせてしまうこと
愛着に問題のある人はカウンセリングでも合わせてしまうのか?についてですが、これはその通りです。愛着障害でも愛着不全でも、人に合わせてしまいます。特に愛着障害の人の合わせ方はかなり精度が高いです。演技派です。その演技によって、演技性パーソナリティ障害に誤診されている人もいるくらいです。
これは、そうやって合わせてくるしか生きる道がなかったからです。生きるために身に付けたスキルですね。それは悪いことではありません。生きづらいですが悪くはない。
こういう人がどうやって、カウンセリングの場で合わすことから卒業していけるか。それもカウンセリングの大きなテーマになります。でも、安心してください。その道順はある程度決まっています。そういう人が回復していく道しるべは整っているということです。その道程は…、
・カウンセラーに怒りを出せるようになること
・親へ怒りを出せるようになること
・怒りをあきらめる
怒りを出すのは、とても怖いことですが、安全な場所があることが分かると、怒りは徐々にですが、放出され始めます宇。最初は、カウンセラーに対してです。安全な、カウンセリングルームという場所で、それを出す練習を始めてください。そこまでの安心感が形成されていることが条件です。
そうしているうちに、親への怒りが出るようになってきます。この時期はある程度長くなる可能性があります。カウンセラーと一緒にそれを乗り越えていきましょう。乗り越える瞬間、その怒りは諦めに変化します。
ここまでくれば、人に合わせることからは卒業するでしょう。正確にいうと、人に合わせるクセは残っているけれど、そして合わせてしまうけれど、それが以前ほどつらくないという状態です。楽になっていれば、合わせても問題なしですね☺
■愛着障害と愛着不全の人への合わせ方
愛着障害と愛着不全の人の、人への合わせ方は違うのでしょうか。答えはイエスです。この微妙な差を専門家は分かっている必要があります。一般の人は、両方とも人に合わせるんだな、くらいで覚えておけばいいでしょう。
解説の詳細に移る前に、愛着障害と愛着不全の人の定義を見直しておきます。
・愛着障害:養育者側の問題によって、養育者(主に母親が多い)との間で愛着形成ができなかった人。人間が怖い特徴がある。
・愛着不全:養育者との愛着は形成されているが、それが不十分だった人。見捨てられ不安が強い特徴がある。
愛着障害の人は人が怖いのですが、それを悟られないように巧妙に人に合わせてきます。まるで自分がないように演技をしてきます。自己主張を完全に封印している感じです。
愛着不全の人は、人が怖いというより、人の目が気になるのです。そして自分が見捨てられないように、相手の都合よく動こうとします。どことなく、相手に対して、かまってほしいという雰囲気をかもしだしながら、相手のいう事をきいている感じです。
■まとめ
・人に合わせる人は、カウンセリングの場でも当然、カウンセラーに合わせます。しかしカウンセリングの場が安全に思えるようになったら、合わせることから卒業していきます。
・愛着障害と愛着不全の人の合わせ方は違います。前者は、人が怖いので合わせる、後者は、見捨てられないように合わせる。
⇒解決しない悩みのある方は、ソレア心理カウンセリングセンター へご相談ください。
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