見出し画像

コロッケ

18時2分。
仕事が終わり、いつも通り家路に就く。
毎度のことながら急な登り坂にうんざりしつつ進んでいると、
頂上のほうから何やら旨そうなニオイ。

またか。
坂の上に鎮座する精肉店が、
今日もまたコロッケを揚げているのである。

揚げ物のニオイは基本的に好まない私だが、
仕事帰りに限っては、それはそれはそそられるのだ。
だってそういう風に、世界はできているでしょ?

コロッケひとつ、家路をゆきながら食べちゃおうかな。
夕暮れのぼやけた光を浴びながら、じゅわっと齧って、これこそが幸福だと目を細めるのだ。

んー、ちょいと待ってよ、そこは慎ましやかなオトナとしてさ。
夕飯前なのだから控えておこうよ。
だってお腹を空かしながら丁寧に調理する夕飯こそが、オトナの嗜みなのだから。

ジレンマバトルを繰り広げるうち、
精肉店はとっくに通り過ぎてしまった。


ああ、呆れちゃうね。私ってなんとつまらない大人になってしまったんだ。
夕日にぼんやり包まれて齧る揚げたてのコロッケを、幸福をスルーしてしまえるなど。
オトナの嗜みなど不要不可解ではないのか。
だからといって精肉店へ引き返すのは悔しい。
そういうお年頃なのだ。


まあ、よい。
どうせ明日もだいたい同じ時間に仕事を終えて、
だいたい同じ時間にだいたい同じ坂道で、
だいたい同じようなことを考えるのだから。
明日もオレンジの夕焼けが美しかったら
コロッケひとつ、80円と引き換えよう。


つまらない。なにか面白いことはないか。
そう思いながらも家路を急ぐ。
面白いことに出会いたい割に、一刻も早く家に帰り眠ってしまいたい。
つくづく私は傲慢で、その上怠慢な人間だなぁ。


でもそういう風に、世界はできているでしょ?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?