「パンドラの匣」

 白黒写真のジャケット――白黒というか、殆ど黒と灰色の写真。黒い四角形の中に、人が押し込められている。出ようとしているのか、いないのか。

 1999年、私はまだ小学生で、特別に好きな歌手とかそういう存在はいなかった。音楽番組を何となくつけてみたことがあったが、ピンクの髪の印象的な歌い手が丁度追悼されていて、なんだか恰好良いなあと感じたくらいだ。テレビでは大体、明るくてハッピーな歌が流れている。特に心を揺さぶられることはないが、そんな時期、母が新聞で興味を持ったのは、メジャーデビューして間もなかったとあるヴィジュアル系バンドで、私もその記事を見た。

 五人、透き通るように肌を白く塗って、服も白い。「ハルカ……」というタイトルのCDを出した後で、今度は、メジャーデビュー第一弾なのに「FINALE」というアルバムを出すらしい。丁度、ノストラダムスの大予言で皆盛り上がってる時期で、内心は本当に世界が終わることを期待していた人もいるだろう。私はそこまで絶望してもいなかった。小学校高学年で引っ越してきて、東京は気に入っていたし、特別気分が荒んでいたわけでもない。ただ、母と一緒に、主に男性が化粧して独特な世界観を作り上げて歌う、どこか演劇的なヴィジュアル系の世界に興味を持って、そういう文化を覗くようになった。元々デヴィッド・ボウイとかも好きなほうだったから、拒否感はなかった。フットワークも軽く、今はなき渋谷HMVに彼らのCDを見に行った。

 そう、PIERROTの。

 彼らについて、特に説明はしない。知らないが興味があるという人はウィキペディアを見てもいいし、Youtubeには格好良い動画が幾らでも転がっているから、百聞は一見に如かずだ。バラードから入りたい人には「ラストレター」がお勧めだが、メジャーデビュー曲「クリア・スカイ」は曲もPVも最高だと今でも思っている。

 しかし、この時。母は最新作のFINALEと、その周辺のシングル曲だけを買うつもりだったのだが、私はどういうわけか、その黒く不吉な雰囲気漂う一枚に酷く惹かれた。特設コーナーが設けられていたから、インディーズ時代からの作品を手に取ることが出来たのだ。タイトルをして、「パンドラの匣」だ。こういう特別な漢字を使う辺りで、中二病心をくすぐられた部分は否定できない。欠片も華やかさのないジャケットを裏返すと、曲名が書いてある。どれどれ。

 じ、自殺の理由?! 大陸に向かって…… 天と地と、0と1と?何やら、小難しい。かっこいいけど。

 なんだろう。妙に惹かれてしまった。テレビでは、誰もが幸せであるかのように、ハッピーな歌が垂れ流されていた。でも、私の幼い時期は不幸だったし、悲しくて辛い、理不尽なことが人生には多い。実をいえば、自殺を思ったことも10になるかならないかという時点で既に経験している。今思えば、心の傷に光を当てられたような気がしたのかも知れない。PIERROTに限らない傾向だが、ヴィジュアル系の世界が私にとって居心地が良かったのは、生の暗い側面を前面に押し出すという、芸術の本質そのものに通じる深い業のようなものが感じられたからかも知れない。まあ、勿論、見た目だけと雰囲気だけのバンドはいっぱいあったのだが、PIERROTは違った。彼らを知る人なら、そのことは否定しないだろう。

 兎に角、深淵をのぞき込みたいような衝動に駆られて、そのCDを手から離せなくなった。自分で買ったCDではなくて、初めて親にせがんで買わせたCDは、PIERROTのパンドラの匣だった。そして、これは(良い意味で)正しくパンドラの箱を開けた瞬間だったのだ。

 そこからは、もう細々と書くのは大変だから割愛するが、凄まじい速さで彼らにのめりこんでいった。初めての横浜アリーナのライブに行った。キリトに惚れた。段々、彼はそういう憧れの対象というより生き神様扱いになっていくのだが、私に、熱狂できるカリスマが出来た。闇を闇として、隠さなくても良い、優しくて狂暴な世界に足を踏み入れた。

 紆余曲折あり、PIERROTそのものは解散してしまったが、彼らの曲は私にとっては永遠に聖典のようなものである。

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