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つげ義春の「原画」から匂いがして、紅い鼻

1月某日未明、「マンガ家・つげ義春と調布」展を、観に行こうと決めた。かねがね、つげ漫画の原画を目にする機会をうかがっていたからだ。

新宿から調布へは、京王線の特急で4駅、17分だ。しかし、つげ義春の得意な「旅もの」に習い、ここは時間をかけて、各駅停車で行くとする(各停は18駅)。

八幡山駅を過ぎたあたりから風景は、のどかになった。調布は、つげ義春が50年以上住んでいた、ゆかりのある街。「ねじ式」、「ゲンセンカン主人」、「リアリズムの宿」などの作品を調布で描いた。それを月刊漫画ガロが掲載した。

「ガロ」は、マガジンやジャンプなどの商業雑誌から距離を置いた、自由ホンポウな、音楽でいえばフリージャズのような、一般受けはしないけど、浴びたときの効果はへべれけになる、そんな表現にがんがん挑むだけ挑んだ前衛雑誌だ、違うかもしんない。

Gペンでひたすらガリガリ描いた線画とベタ塗りの墨だけで、希望も興奮も失望も友情も裏切りも不気味さも自然の潔さも表現しようとした、漫画家の腕試しラボのような媒体だったんじゃないか、と後追いの僕は思う。つげ義春は「ガロ」でなかなかの人気作家であった。

調布駅は西側の広場口から飲食店が並び、にぎやかだ。のんびり5分歩いて会場に着いた。無料なので、思ったとおり会場は小さい。それでも「ねじ式」の浜辺、「散歩の日々」の野川、「石を売る」の多摩川風景は、みんな僕の好きなページで、その原画(どれも複製だったけど)を前にすると、たちまち50年前の郊外の町のボソボソした土くささがしてくる。

もちろん気のせいだが、「なんかいいなぁ」と思った。家族3人(妻は女優で絵本作家の故・藤原マキと息子)が、調布で暮らした行路でもあった。つげ作品は、コマの中の風景は、緻密でややこしくて迫力があり、緩やかに張りつめている、そこをじっくり観察する楽しみもあるのだ。

マキの絵本もあった。つげが収集する古い写真機が何個かあった。来場記念に「つげさんにゆかりのある場所」マップをもらった。せっかくだから帰りに、つげ義春の住んでいたアパートを訪ねた。1階は「中華料理・八幡」で、その2階の部屋に住んでいたという。

晴れた日は、八幡の屋根で昼寝をしたという。ある日、奇妙な夢を見た。それが「ねじ式」の原型と言われている。八幡の入口は閉まっていた。ガラスに定休日の札が下がっていた。

つげ漫画には湿度の高い作品が多い、その暗いぬかるみが劇性の強い中毒者を作ってきた。2020年発行の「つげ義春大全(全22巻)は、8万円近い価格でもほぼ完売。僕はそこまで重症じゃない。

つげ漫画は僕にはまだ常備薬だ。つまり1日3回読まないと落ち着かない。そうしないと、左腕がしびれるようになるのです。

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