蜘蛛と人形師《創作短編》



 初めて会った時、そのガキはいっちょまえに煙管の煙を飲んでおった。私が黙ってそれを取り上げると、そいつは緩慢な動きでこちらを振り向いて金の双眸で私を見上げてきた。
 その目を見た時、これは屍だと感じた。命の宿っていない人形でも、瞳はもっとましな輝きを持つというのに。
 この絶望した目はなんだ、と。こんなガキが、輝くことが当然である金の双眸を持つこの少年が、こんなに淀んだ目をしている理由は一体なんなのだろう。
 「それ、返してよ」
 無機質な声だった。私は彼の顔と甘い香りを立ち上らせる煙管とを交互に見て、そして徐にそれを口に運んだ。
 甘い香りとは裏腹に舌が痺れるような辛味。煙が体内を巡り、痺れを全身に広げていく。痺れが指先まで到達した次の瞬間、今度は時間が巻き戻るように、痺れがたちどころに消えていった。辛味は甘味に、脳が壊れたのかと錯覚するほどの強い刺激。
 私は覚えず、煙を吐き出し激しく咳き込んだ。
 目の前の少年は呆れたように私を見て、その手から煙管を奪い返す。そしてまた、輝きを失った目で煙を飲み始める。
 「こんな麻薬を、何故……」
 信じられない、どうして平然と飲んでいられるのか。
 すると、少年は煙を吐き出しながら、何故かって、と返してから煙管を灰皿に打ち付けた。
 「生きるためだよ」
 私は驚き目を見開いた。
 「馬鹿なのかお前は。下手したら死ぬぞ、この濃度は。こんな薬を平然と飲んでいたら」
 「死ぬだろうね?知ってるよ、俺医者だもの」
 「知っているなら何故……」
 「会って間もないあんたに言うほど、俺はお人好しじゃないよ」
 素っ気なく返し、その場を立ち去ろうとする少年。それとほぼ同時に、ロコ、と私を呼ぶ声がした。
 「そいつもいたか。ちょうどいい」
 「なんだ、ヤカク」
 「ロコ、お前さんに仕事だ。このお医者様の護衛につけ」
 「は?」
 突然現れた男が突然そう言うので、私も少年も言葉を失っていた。
 「このお医者様は、そりゃすげぇ腕前でな。そのくせ貴族様が嫌いで仕事断りまくって逃げ回るもんだから、とうとう国際手配されちまったんだ。だから、あんたに預かってほしくてな」
 名前はジズ、その刺青の通り、蜘蛛の子だ。その灰色の髪の毛とかけて《灰蜘蛛》って呼ばれてる。
 私はもう一度よく彼の顔を見た。確かに額から首筋にかけて見事な蜘蛛の刺青が入っている。灰白色の髪の毛はこの世界では珍しい色だ。
 「何故私が……」
 「んー、なんでだろうな。お前さんが適任かなって思っただけだ」
 んじゃ、頼んだぜ、と男は二人を置いてさっさと立ち去っていく。私も少年も呆然とそれを見送っていた。しかし、いつまでもそうしていても仕方がないので、仕方なく私は彼を見下ろした。
 「お前、そんな凄腕の医者なのか?」
 「別に。地上の技術が遅れてるだけだ。俺にそんな腕はない」
 素っ気ない態度を貫く少年。
 「……気に食わんな」
 私がそう言うと、少年はこちらを睨むように見上げてきた。
 「死にたがりの医者を守る必要がどこにあるというんだ」
 「……あんたに俺の何がわかるんだ。俺だって好きでこの薬を飲んでるわけじゃない」
 「では教えろ。そして、私が本当にお前を守る価値があるか、認めさせてみろ」
 むかつく、と返してくる少年の目がギラギラと光り出す。先ほどまでの死んだ目とは大違いだ。私はそれを見て、あの男がどうして私にこいつを預けようと考えたのか、少しわかった気がした。
 「……やはりいらん」
 「は?あんたが教えろって言ったろ!?」
 「お前の目を見れば十分だ」
 来い、と私が言う。命令するな、と少年が言う。遠い昔、こんなやり取りを誰かとした記憶があった。あれは確か……。
 ――いや、やめよう。深入りは無用だ。
 この後始まる壮大な旅の序章は、こうして生まれた。彼ら二人が強い絆の元で大いなる功を成すことを、まだ誰も知らない。


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