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安野貴博「サーキット・スイッチャー」

安野貴博著「サーキット・スイッチャー」を読む。著者のデビュー作であり第9回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を獲得した作品だ。選評委員の講評を読むと大賞を獲得した「スター・シェイカー」よりも完成度が高く、すぐにでも作品になるとのこと。SFサスペンスという面白そうな設定であったために期待しながら読んでみる。

こんな内容。2029年の近未来。完全自動運転が可能となった世界でそのシステムを開発した科学者であり、サイモン社の代表でもある坂本義晴は仕事場の自動運転車内で襲われ拘束されてしまう。「ムカッラフ」を名乗る男は、「坂本は殺人犯である」と宣言し尋問を始める。その様子が動画配信サイトを通じて全世界へ中継されるなか、ムカッラフある条件を満たしてしまえば車内に搭載されている爆弾が爆発すると宣言し・・・というもの。

車が停止したり他の車が接近したら爆発する、これは往年の名作映画スピードを彷彿とさせる。なるほどありがちな展開だ、そう思いながら読み進めているとガツンと食らわされた。想定外の連続で中盤以降はどんどん面白くなる。そのまま一気にラストへとなだれ込み物語は終わる。

確かに完成度はめちゃ高く新人とは思えない内容だ。加えてSFではよくある専門用語を活用しながらも、機械音痴のキャラを上手く立ち回らせることで、用語の説明もさり気なく配置出来ている点も見逃せない。           テーマとして根本にあるのは「選択しなければならない」という所。どれだけ自動化したとしても自らで決断し行動を起こすことが大切なわけで。それがロボットではなくて人間である証明になるのではないかと考えさせられた。そういったテーマのSFは数多くあると思うのだが、この作品の良さは、そのテーマを我々にも分かるように身近なものに例えて書いてある点。だから登場人物たちに共感し読者自身も考えていかなければ、という気持ちにさせる。実に巧みな設定と物語の運びだなあ。読み終わってちょっとニヤニヤしてしまった。

それだけに前半のゆっくり具合がもったいなく感じてしまった。後半の展開からして前半でもっと飛ばしていた方が良かったと思える。若干だがラスト付近で膨らませるべきエピソードがあった気がするだけに余計に感じてしまうのかもしれない。新人賞は文字数に制限があるためにいきなりトップスピードでもっていく作品が受けると思っている(自分の好みの問題もあるが)ために残念だ。まあそれを差し置いても完成度は高く、伝えるべきことを伝えられていると感じる。作者の安野さんはエンジニアが本業ということで作家としてどうなっていくのかは分からないが、この目線のSFを書いてほしいと個人的には思う。




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