君嶋彼方「夜がうたた寝してる間に」

10月も終盤。個人としては9月から今までの業務に加えて新たに覚えることが出来たので中々時間が取れなくなっている(前回も書いたか?)読書はペースも変わらず順調に?読んでいる。最近は某書評動画の影響で短編小説を読む割合が増えており、雑誌掲載の分も時間に余裕があれば読んでいる。今回の紹介はその派生といった感じ。

君嶋彼方さんである。彼は第12回小説 野性時代新人賞で昨年デビューされた新しい作家でデビュー作の「君の顔では泣けない」は昨年大変有名になった。この作品は男女の入れ替わりを描いた作品なのだが、時間軸を長く(15年!)取っているのが特徴的でその中で入れ替わった2人の心情などを丁寧に描いていると評判になった。私としては読みたいなと思っていながらも未だに読めていない。近々に読みたいな(来年くらいに・・・)

そんな君嶋さんの作品を読んだのは冒頭に挙げた雑誌の中の一編だ。小説新潮の2022年6月号で「2021年に生まれた作家たち」という特集があり、その中で「ヴァンパイアの朝食」なる作品を書かれていた。これは男性同士の恋愛を描いたものなのだが、リアリティと誠実さがにじみ出るような読み口で大変驚き面白かった。書きくちが女性っぽかったので男性と知ったときはさらに驚いた。
「この人の長編を読みたい」
そう思ったのだが、ここからが変わり者の自分が顔を出し、前出のデビュー作ではなく最近出た2作目を手に取った。

「四角い窓に夜を眠らせて閉じ込めた」まるでJ-Popの歌詞のように始まる本作。内容はこんな感じ。一万人に1人の割合で特殊能力を持つ者たちがいる世界で主人公の冴木旭も「時間を止める」という能力に苦悩しながらも普通の高校生活を送っていた。しかし彼の高校生活を脅かすような事件が発生する。そして旭は自分の能力、友達、他の能力者の同級生、両親など様々な面と向き合わなくてはいけなくなる、というもの。

読んだ感想としてとても真っ直ぐに誠実に書かれてある、と感じた。遊びのある小説が好きだったりする自分なのだが、この誠実さに胸を打たれた。主人公の旭は自分が能力者であるという劣等感を抱えて生きている(この辺りがうまい)普段はその劣等感を隠しているのだが、事件をきっかけにそれを出さずにはいられなくなってくる。要は「逃げるな」ということだ。波風立てずに上手く立ち回る姿がだんだんとぼろが出始め、自分の本心と向き合わなくてはいけなくなる時期が来ているということを思い知るのだ。これは一般の高校生にもいえる点なのだが(就職とかが当てはまる)それを特殊能力者というギミックを活用しているため物語が特異的に見える。逆に言うとそのギミック以外はやっていることは思春期の青春小説のそれと同じで読書は「ああ分かる」という共感と「今まで読んだことないな」という唯一無二の感じを同時に味わうことが出来る気がするのだ。

誠実という言葉を使ったが旭は本当にそんな人間だ。それ故やっていることが滑稽に思えてくる。この辺は個人的な高校生活とダブっていたたまれない感情と共感が得られて良かった。もう1点、ラストで旭がある目的のために能力を使う。ここから怒涛の伏線回収といった様相で最後のページまで一気に連れて行ってくれる。伏線自体が上手いと感心はしなかったが、全てを残すことなく使い切り本当に綺麗だと思った。

つらつらと書いたが青春小説の核の要素を真っ直ぐに捉えた良作だと思う。このテイストの本を今後もずっと書いてもらいたい。10月読んだ本ではベストだった。

ではまた。



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