芦辺拓「大鞠家殺人事件」

芦辺拓さんの「大鞠家殺人事件」を読む。芦辺さんは本格ミステリを生み出し続けている鮎川哲也賞の第1回の受賞者だ。今回初めて氏の本を読んだのだがイメージでは本格ミステリと幻想やSF、ファンタジーなどの掛け合わせで読ませる作家かと思っていた。森江シリーズがそこの部類に入るかと。また、パティーシュものもよく書かれているイメージ。本作に関してはそういう掛け合わせはなく、純粋な戦中時代の本格ミステリという感じ。昨年に刊行され、新たな代表作となりえる、と評判で、実際に昨年度の日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞をダブル受賞した。

まずはあらすじ。主役となるのは大阪の船場へ嫁いだ中久世美禰子。嫁ぎ先は化粧品販売で富を築いた大鞠家。だが夫である多一郎は軍医として出征し、美禰子は新婚早々、一癖も二癖もある大鞠家の人々と同居することになってしまう。そこで発生する怪異と惨劇。美禰子は様々なしがらみと戦いながら事件の真相を探っていく、という話。

まずディテールが素晴らしい。元々の芦辺さんの趣味もあるのだろうが、戦時戦後の大阪船場の独特な方言や風習、また当時の商家の習わしなんかを十分に取材したうえで書かれている。そのため言葉が見事なまでに当時のそれでここが読みやすいか読みにくいかの境目だろう。また凝ったディテールの割にプロットとしては分かりやすい。商家に嫁いだ女性の視点をメインに事件が発生し、解決するというもの。個人的には案外読みやすかった。

つづいてトリックの面白さ。奇抜な事件が発生するのだが、何故そのようになったのかの理由付けがきちんとなされている。またこの当時の古典作品(いわゆる探偵小説といわれるもの)に対する姿勢。作中で探偵小説好きの人物が出てくるのだが、ただ好き、というだけでない点が優れている。この目線が中々に出来るものではないと思える。途中でどう考えても明智小五郎を意識した探偵気取りが登場したりとオマージュとしても面白いものになっている。

気になる点もないわけではない。解決編に関して「むっ!」と思う所が個人的にあるのだが、まあそれは好き好きということで。強引な場面が多少感じられたかなと。かなりの長編な気もするのだが(2段組で350ページ弱)案外とスルスルと読めた。関西弁での語りが気にならず本格ミステリがお好きならば読んで損はないと思われる。



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