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私立恵比寿中学(1)

 ”私が初めてエビ中と出会うはなし”




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 私は基本、どのジャンルのエンタメにも手を出してみて、幅広い知識を薄く持っておくということを心がけている。そうすることで、各々の分野に長けたオタクとのコミュニケーションを図ることが可能になり、結果的に自分にもオタクへの道が開かれる、というのが狙いである。




 しかし、自分から能動的に“好きだ”と感じた物については話が別である。私は自分が好きなことについては一切妥協を許さず、徹底的に洗いざらい調べ尽くし、なるべく知らないことを無くしたいという面倒な性格の持ち主だ。

 そのため、深夜から朝方までWikipediaやYouTubeを漁り続ける日も珍しくはない。




 だからこそ、彼女たちの魅力にもう少し早く気づくことができたと思うと、なぜもっと早く知ろうとしなかったのかと悔しさすら覚える。




 私が初めて「仮契約のシンデレラ」を聴いたのは今から約一年前であった。何故この曲だったのか、何がきっかけだったのかは全く覚えていない。

(恐らく友達の影響だろうと睨んではいる)

 しかし、この曲を聴いた約一年前の自分は、かなり興奮していた。すぐさまApple Musicに曲をダウンロードして、何度も何度もリピートしていたのである。




 これはとんでもないアイドルソングを発見してしまったと思った。とにかく遊び心に溢れていて聴いてる人を飽きさせない。数年前にアニメ界隈を震撼させたアニソン「ようこそジャパリパークへ」のような、AメロBメロサビを駆け抜けていく爽快さが持ち味だ。(この二曲は曲の構成が非常に似ている)
 さらに、中毒性があって何度もリピートしている内に、自然と円周率や周期表の覚え方まで頭に入ってしまうというおまけ付きである。このように一癖あるポップスが大好きな私にとって、この曲はいとも簡単に私の心を掴んだ。

 ここからは余談だが、「仮契約のシンデレラ」の作詞・作曲・編曲は乃木坂46ファンにとっては非常に馴染みの深い杉山勝彦である。乃木坂46に初めて提供した楽曲「制服のマネキン」よりも、時期的には数か月早く「仮契約のシンデレラ」を提供していたことになる。乃木坂46での杉山勝彦を知っている身からすると、その曲のテイストの違いに非常に驚かされる。
 また、同じく彼がエビ中に提供した「全力☆ランナー」は、ファミリー(エビ中ファンの総称)となった今だからこそ分かる深みやエモさをしみじみと感じる。本当に大好きな曲の一つだ。

 本題へと戻るが、ここまで刺さる楽曲は久しぶりだなと嬉しく思う反面、ここで脳裏にあることがよぎる。


それは、


「エビ中にはまってしまうのではないか」


という懸念であった。




 なぜ「エビ中にはまってしまうこと」が懸念となるのか。その理由は、先ほど説明した私の面倒な性格に起因している。


 私が新しく何かにのめりこんだときにまず行うことが、その対象について隅から隅まで知ろうとすることである。この作業が実はかなりしんどい。決して一日二日で終わるようなものではなく、その作業は数か月を経てようやく終了することがほとんどだ。
 作業の終了とはつまり、自分で自信をもってそれについてのオタクだと公言できるレベルに達したという意味である。


 それ故、私はこれが好きだ、極めたいと思ったその瞬間から、その対象の全てを知る(もしくは受け入れる)覚悟を持つことになる。はっきり言って睡眠時間は驚くほど削られるが、これが私の性分のため仕方がない。
 好きなものに対して妥協をすることが、自分には許せないのだ。


 要するに、私の中で「はまる」動作というのは、非常に苦労を伴い、大量のエネルギーを必要とするわけである。導入部分にも繋がるが、浅く広く知識を持とうというのは、単に一つにのめりこむと他に手が回せないといった意味でもある。


 


 さて、このままではエビ中にはまってしまう。どうしたものか。とりあえずYouTubeで仮契約のシンデレラを検索してみることにした。ヒットしたMVを再生する。なんと公開日が「2012/4/5」とかなり古いことが判明。いちばん初めに耳にした曲が偶然にもメジャーデビュー曲だったのだ。画質の上限も480pと低く、メンバーも誰が誰なのか分からない、MVの感想はとにかく古いということだけだ。


 

 本来ならこのまま何も起きずにYouTubeをそっと閉じるところだが、おすすめに出てきた”次の動画”で運命的な動画に遭遇する。それが椎名林檎のトリビュートアルバムに収録されている「自由へ道連れ」のライブ映像だ。
 恥ずかしながら私は椎名林檎のファンを名乗っておきながら、トリビュートアルバムである「アダムとイヴの林檎」はApple Musicでtheウラシマ’Sの「正しい街」とレキシの「幸福論」しか聴いていなかったため、エビ中が自由へ道連れを歌っていたことにここで初めて気がつく。



 「えぇ!?アイドルが自由へ道連れを歌うの!?さすがに無理がありすぎないですか」と超絶上から目線で、これは見過ごすわけにはいかない、成敗してやろうという魂胆で動画を再生した。

 歌う前にメンバーが前振りを行っている。その短い間に評価数を確認する。異様に高評価が多い。これはもしや期待してもいいのか、イントロが始まる、トップバッターが歌いだす。二人目、三人目…と続き、一番を終えるころには余裕で確信した。本物とはこのことや!!!!!



 当然のように生歌で歌い切り、ユニゾンで歌う箇所は最後のパートのみ。任されたパートを一人ずつ前に出てきて歌唱する強気な姿勢。それに加えて表現力も高い。そして最も感銘を受けたのは、6人もいてそれぞれ全く個性が異なる点。なんじゃこりゃとんでもねぇや。

 


 先ほどのトリビュートアルバムの参加アーティストを見返してみる。名だたる大物アーティストたちの中に、たしかに”私立恵比寿中学”が存在する。動画を再生する前に少しでも実力を疑った自分が恥ずかしかった。椎名林檎の曲をカバーしてアルバムに収録するのだ、生半可な実力であるはずがない。



 「仮契約のシンデレラ」に続いて「自由へ道連れ」と、立て続けに”発見”をしてしまった私は、このあとに続くアクションを決めなければならない。このまま深掘りしていき、調査対象として私の餌食となるか。もしくはここでUターンをし、この二曲は凄いで終わらせるのか。



 迷いに迷った挙句、私はエビ中を調査することを断念する。ひとまず事務所と結成した年あたりは把握しておこうと思い、Wikipediaを開いてみた。ざっと見た感じかなり歴史が複雑なグループである。
 そして何年か前に見た、女性アイドルグループのメンバーが急死したというニュース、松野莉奈さんが所属していたことをここで知る。
 

 


 これはオタクを完成させるには相当な覚悟が必要で、もちろん時間も必要で、元からいる古参ファンの気持ちも大切にしなければという勝手な思い込みで、私はこれ以上エビ中を調べないでおこうと決めた。(本当に愚か)
 ここから約一年間、Apple Musicで「仮契約のシンデレラ」をリピートし、YouTubeで「自由へ道連れ」を再生しまくるという生活を送ることになる。

 

 上述の通り、この判断を私は非常に悔いている。すぐにでもエビ中について調べまくるべきだったのだ。そうしていればこの一年間はさらに有意義なものになっていたに違いない。



 この一年間、非常に少ないがそれでもエビ中の知識を取り入れる機会が僅かにあった。動画「自由へ道連れ」のコメント欄である。いくらエビ中を知らずにいようと決め込んでいてもコメント欄は覗いてしまうもので、そこから微かな情報を仕入れたりした。
 すぐに顔と名前が一致したのは安本彩花さんだ。最もコメント欄で見かける個人名で、曲のトップバッターを務める。



 「歌い出しのショートカットは誰だ」というコメントが多く見られ、私も一番最初に気になったのが安本さんである。完全に自分の曲として歌いこなしているあたり、表現力も相まってこれは絶対に天才タイプだと思っていたが、後にそれは安本さんに対して失礼な文言であると知った。
 安本さんは紛れもない努力によってその歌声と表現力を手に入れたのである。



 他には、「ぽー」という子の歌声が柔らかくて聞き心地が良いというコメントから、「ぽー」の正体は確定ではないがほぼ暴いていた。パワフルで力強さを前面に押し出してくるイメージの五人に対して、明らかに「ぽー」の歌声だけは異質で分かりやすかったのだ。
 しかし、コメントを読む限りだと、どうやら小林歌穂さんという方も柔らかく優しい歌声をしているらしい。ああそうか、曲の前振りで”アルバムはつばむ”と噛んでいたこの子、小林さんっていうのか。


 残る三人はコメントを照らし合わせてもなかなか顔と名前が一致せず、誰か歌ってるパートと名前をコメントに残してくれ、なんて思ったりもした。(正確には顔と名前が一致しているのは安本さん一人だけ。「ぽー」は名前ではないし、柏木ひなたさんを小林さんと勘違いしている。)


 当時の私は「ぽー」が小林さんと同一人物だということを見破れなかった。さらに柏木さんを小林さんと勘違いしているため、滅茶苦茶もいいところである。でも「自由へ道連れ」を見返してみてほしい。言われてみれば柏木さんの歌声が柔らかくて優しい感じに聞こえてはこないだろうか。
 そういえば「エビ中の歌姫はひなた」というコメントを見て、全員上手すぎて本当に誰がひなたなのかずっと分からなかったのも今となってはいい思い出である。


 何はともあれ、こうして仮契約のシンデレラに導かれた私はエビ中と出会うことになる。しかし、それ以降は積極的に深く知ろうとすることはせず、この二曲だけを聴き続けながら、かれこれ一年近くの月日が流れていくのだった。



私立恵比寿中学(2)へと続く…

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