冒頭を無料公開! 島村恭則編『現代民俗学入門』
*
民俗学への招待
この本は、みなさんに民俗学の面白さを伝えるために書かれました。
民俗学とは、「人びと(=民)について〈俗〉の視点で研究する学問」です。
ふだん何気なく行っている「ルーティン」(習慣的な行動)。他愛のない「うわさ話」。効果があるかどうかはわからないけれど、とりあえずやってみる「おまじない」。「仲間内にしか通じない言葉」。これらは、みんな〈俗〉です。
〈俗〉とは、権威や公式的な制度からは距離があるもの、合理性では割り切れないもの、いわば、「人間の本音の部分」に相当するものといってよいでしょう。
民俗学は、こうした〈俗〉を研究する学問として、十八世紀末のドイツで生まれ、その後、世界各地に広がりました。日本では、明治時代に研究がスタートし、以来、百数十年にわたって、〈俗〉の研究が続けられてきました。その結果、多くの「発見」が蓄積されています。
この本では、そうした発見の中から、「これは!」と思うものを取り上げ、豊富な図版とわかりやすい文章で、みなさんに紹介していきます。執筆者の多くは、いずれも最前線で研究を行っている中堅・若手の民俗学者たちです。
ところで、民俗学では、どのような方法で〈俗〉の研究を行うのでしょうか。
方法の一つとして、「過去を使って現在を解く」というものがあります。「現在、世の中に存在しているさまざまな事物は、なぜ存在しているのか、どうしてそのようなあり方をしているのか、それにはどんな意味があるのか?」。これを解くのに、「過去にはそれがどうなっていたか」を調べるのです。「過去」を知ることによって、はじめて「現在の謎」が解けることがあるのです。本書でも、そうした方法によるアプローチが多くなされています。
もっとも、過去を使って現在の謎が解けたとして、そこで満足してしまっては、単なる「物知り」になっただけで終わります。しかし、民俗学は、物知りになるための学問ではありません。現在の謎を解くことによって、今度は、未来をいかにつくっていくか。ここまで考えるのが民俗学です。
日本を代表する民俗学者の一人、柳田國男(一八七五~一九六二)は、「社会現前の実生活に横たわる疑問」を解決し、それによって「人間生活の未来を幸福に導く」のが民俗学だと考えていました(『郷土生活の研究法』)。
私たちの暮らしの中にある〈俗〉。その中には、もう捨ててしまってよい〈俗〉もあれば、そのまま残しておいてもよい〈俗〉もある。あるいは、リニューアルして、現代的な〈俗〉として再活用できるものもあるでしょう。さらに、日々、新たに生まれ続けている〈俗〉もある。
〈俗〉は、人間にとって必ずついてくるもの。ならば、その〈俗〉とうまくつきあいながら、むしろ積極的に活用していこう。これが民俗学による未来構想の考え方です。
民俗学は、「みんなの学問」です。一部の専門家だけの学問ではなく、みんなで、お互いの暮らし、お互いの〈俗〉について話し合い、より良い未来をつくっていく学問です。本書を読まれた皆さんは、ぜひ、〈俗〉について、親しい人たちと存分に語り合ってほしいと思います。きっと、自分の知らなかった〈俗〉を知ることができるだけでなく、〈俗〉についての新たな意義を見出すこともできるでしょう。そのとき、あなたはすでに民俗学を実践していることになるのです。
一人でも多くの方が、この本をきっかけに民俗学の仲間になっていただければと思います。
なお、本書の内容には、通説を大きく超えた仮説や大胆な理念的モデルも含まれていますが、これは今後の議論の可能性を広げるためのものとして理解していただければ幸いです。
本書の企画から編集まで、濱下かな子さん、佐藤喬さんという二人の優れた編集者にお世話になりました。記して謝意を表します。
島村恭則