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風景のレシピ | nakaban

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私たちは本当には何を見ているのか――「旅と記憶」を主題に絵を描く画家のnakabanによる、風景画へのまったく新しいアプローチ。人が世界をどう見て、どう捉え、どう表現するかという… もっと読む
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2023年6月の記事一覧

風景のレシピ あとがき|食べられないドーナツ|nakaban

食べられないドーナツ 自分とは「誰」なのかを言い表すことは難しい。 名前、社会的な肩書きや仕事歴を書き出すことができても、それが自分です!と宣言するには心許ない。 それ以外には何もない。せめて、ここから見えるわたしの周りのものはあなたにお伝えすることができる。 テーブルや積まれた本、段ボール箱が見える。描きかけの絵がたくさんあって、ワットの足りない暗い電球がぶら下がっている。 なんだかそれら全てが、わたしの内面をさらけ出しているように見える。恥ずかしい……。 そのような感じ

風景のレシピ #70 “Here”| nakaban

風景のレシピ #70 “Here” 1.長い徒歩旅行の中で立ち止まる。 2.手を見つめ、じーんと響く毛細血管の振動を確かめる。 3.その手で足下の土を拾い上げる。小石が混ざっていてもかまわない。 4.土の重みを感じながら、深く呼吸する。   その息が風に乗り、どこまでも届くことを思い浮かべる。

風景のレシピ #69 “燈刻の部屋”| nakaban

風景のレシピ #69 “燈刻の部屋” 1.がらんとした部屋を作る。時はマジックアワー。窓をふたつ開ける。 2.夕暮れのやさしい空気を漂わせる。   窓の外に庭の気配をひろげる。   室内は徐々にひんやりとさせていく。 3.室内にはテーブルと一脚の椅子を並べる。   鉢植えをいくつか、床や窓際に置く。 4.不思議に開かれた本をテーブルに立てる。 5.庭の向こうに隣の家を建て、灯りをともす。   かすかにスープの香りが漂ってきたら、出来上がり。   

風景のレシピ#68 “盛夏”| nakaban

風景のレシピ#68 “盛夏” 1.空を広げ、その青が深くなるまで天日にさらしておく。 2.空にたくさんの雲を流す。   手に届かない高さにある水分と冷涼な風を雲に振りかける。 3.登り坂をバターナイフで盛り、道の左右に青く染まった郊外風の町並みを並べる。 4.家々に樹木を添え、風に揺らす。   日陰でしばらく休んだ後、坂を登ってあの日に無くした落としものを取りに行く。

風景のレシピ #67 “眠りの運河”| nakaban

風景のレシピ #67 “眠りの運河” 1.瞬く星空の下に、建物を並べる。   夜光の放つ不思議な色で、その界隈を包む。 2.縦横に運河を通し、丁寧に河岸を整備する。   所々に河べりに降りるための階段をつくる。 3.ボートを一艘水に浮かべる。   ボートの中で、誰かが眠っている。 4.今日は、役立たずの街灯を立てる。 5.星のいくつかをつまんで、水面に軽くふりかけて、出来上がり。

風景のレシピ #66 “せとうちぐらし”| nakaban

風景のレシピ #66 “せとうちぐらし” 1.静かな朝の海をひろげる。 2.陸地を配置して、たくさんの入江をつくる。   海辺にはいくつかの集落をつくる。   集落の後ろには、こんもりと緑の茂った山を盛り上げる。 3.掘られた海を、ゆっくりと埋め戻していく。   大きな船は通れなくなるが、夢のような生態系が復活する。   海岸線のうち、木々と海が触れる場所をたくさんつくる。 4.山を覆ったソーラーパネルをひとつひとつ剥がしていく。   毒性のあるパネルの廃棄がとてもむ

風景のレシピ #65 “砂漠の彼方の町”| nakaban

風景のレシピ #65 “砂漠の彼方の町” 1. 砂漠に陽炎をたて、町の輪郭の蜃気楼を映し出す。 2.その輪郭を徐々にはっきりさせてゆく。   レンガ積みの円筒形の建物にドームをかぶせ、それらを回廊で繋げる。 3.200年前の昔日にさかのぼり、路地という路地じゅうにオリーブの木を植える。   今では木はすでに古木となっており、降り積もった銀の葉は土となっている。 4.優しいオパール色の夕空で天を覆う。   古びたレンガを補修し、ドームの頂点のアンテナを磨いたりする。