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空間の「汚れ」の実態

前回Whizの空間清浄化の可能性についてご紹介しました。

空間を清浄化できるかも…ということは,もともとの空間は汚れているということになりますね。ここでは,実際のところ室内空間ってどれくらい汚れているのか?について,過去に実施した室内浮遊菌の実態調査事例を基に解説したいと思います。

浮遊菌の測り方 ―いつ測るの?今でしょ!―

強い西日に当たって空気中に埃が舞っているのを見たことがあると思います。埃と同様に,空気中にはカビの胞子や細菌などの肉眼では確認できない微生物が浮遊しています。それを空中浮遊菌あるいは単に浮遊菌などと呼びます。カビを対象とした浮遊菌の測定は,従来の方法ではエアサンプラーという高価な精密機器(写真の機器はなんと100万円ほどします…)を用いて空気を捕集し,浮遊菌を寒天培地に吹付,5日以上培養を行い生育したコロニー(*1)数から立方メートル(㎥)あたりの浮遊菌数を求めます。これを培養法といいます。

ちなみに写真に示している寒天培地の培養結果ですが,とある冬の日に私の自宅(リビング)で採取した浮遊菌です。様々な種類のカビが多く存在しているのが分かりますね。この時の浮遊菌数は糖分をベースにした培地(写真左)で220個/㎥,でんぷん質をベースにした培地(写真右)で470個/㎥でした。日本建築学会が定める「微生物による室内空気汚染に関する設計・維持管理規準」では住宅の真菌(カビ)の維持管理基準値は1,000個/㎥以下ですので,まずまずの室内環境であったと思います(実はとある夏の日のデータもありますが,とてもお見せできるものではありません…お察しください)。

(*1)コロニー: 目視できるまで成長した,カビや細菌などの細胞の塊のこと。

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しかし,この培養法にはいくつか問題があります。寒天培地を用いた培養試験を行うには,クリーンベンチやオートクレーブ(高圧滅菌器)といった設備を備えた無菌操作が可能な施設が必要です。簡単に誰でも測定することはできません。また,選択した培地や浮遊している菌の種類の影響でごく一部の浮遊菌しか捉えることができません。先に示したように培地の種類によって結果が異なることがよくあります。さらに,培養に時間を要するため(2~7日間程度),測定結果が出るのが数日後以降となってしまいます。その時の状態をすぐに把握することができません。

ここで,これらの問題を一網打尽にしてくれる測定器をご紹介します。つい最近では国産マスクで有名になったSHARP社製の微生物センサBM-300Cです。

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空気を捕集するのはエアサンプラーと同じですが,捕捉した浮遊粒子を加熱処理することで微生物由来の自家蛍光量を増大させる加熱蛍光増大法により,最短10分でカビ・細菌などの微生物量(n/㎥)をはじき出してくれちゃいます。パラメーターを設定済みであればボタン一つです。培地で生えてこない菌種も測定しちゃいます。データはリアルタイムです。まさに今このときの測定結果です(とはいえ,この装置も100万円くらいですが…)。

とある冬の日(培養法を実施した日と同じ日です)に私の自宅(リビング)にて,この微生物センサで測定した結果が以下の折れ線グラフです。このときは土曜日の夕方から30分毎24時間以上の連続データを取得しました。カビ胞子数換算値(n/㎥)として,平均: 49,892個/㎥,最大値: 100,848個/㎥,最小値: 29,119個/㎥という結果が得られました。

ちょっと詳しくみてみますと,22:30,12:00,15:30にピークが観察されます。実は22:00過ぎに家庭用ロボット掃除機を稼働させていました。つまり某ロボット掃除機は,人の手による清掃と同じく床面に落ちていた菌を少し舞い上げているものと考えられます。深夜になりリビングに人がいなくなると,浮遊菌数は落ち着きます。朝になり人の活動とともに浮遊菌は増加し,居住者全員(人4人と小型犬1匹)がリビングに集合した12:00にかなり浮遊菌数が上昇しました。その後ランチを食べに出かけたのですが,人がいなくなった後に浮遊菌数は落ち着きます。そして帰宅後(15:30)に浮遊菌数が上昇しました。人の活動に起因した,空気の流れ・舞い上げ・他の空間あるいは屋外からの空気の流入といったことにより浮遊菌が変動することが考えられます。このように,室内にいる人数や活動状況によって浮遊菌数が変動することが,微生物センサによるリアルタイム測定によって把握することができます。

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意外と多い室内浮遊菌

とある冬の日(13:00にサンプリング)の浮遊菌数は,培養法で測定された結果では糖分をベースにした培地で220個/㎥,でんぷん質をベースにした培地で470個/㎥でした。2種類の培地で重複している菌もいると考えられますが,合算して690個/㎥とします。一方で,微生物センサで13:00に測定されたカビ胞子数換算値は69,983 個/㎥でした。培養法の結果より100倍高い数値です。この他にも事務所や作業場などで同様の測定を行いましたが,微生物センサによる測定値は,24時間データの平均値としておよそ20,000~60,000個/㎥であり,培養法の100倍程度高いことがわかりました。培養法ではごく一部の浮遊菌しか測定できない(*2)ことが明らかとなるとともに,微生物センサによって浮遊菌をまんべんなく測定できていることが分かりました。

(*2)培養法ではごく一部の菌しか測定できない:今回使用した2つの寒天培地は,糖分とでんぷん質をベースにしていました。代表的な菌はそれで生えてきます。しかし,多種多様に存在する菌の中には選り好みしてそれでは生えてこない菌もいるのです。

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他にも数ヶ所の様々な室内空間の浮遊菌について微生物センサを用いて調査しましたが,少ないところでは10,000~20,000個/㎥,平均的なところでは30,000~60,000個/㎥,多いところでは100,000個/㎥を超えるといった傾向が見られました。これらのデータをもとに微生物センサによる室内浮遊菌量測定値の目安を以下のように定めました。

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室内浮遊菌量推定値が40,000~50,000個/㎥程度であることはごく一般的であると考えられます。イメージしやすくしますと1Lの空間あたりに浮遊菌が40~50個存在することになります。おそらく「こんなにいるの?」と驚いている人が多いと思います。ただし,これらすべてが,例えば住環境でよくみられるクロカビ(Cladosporium属),食品に生えてくるアオカビ(Penicillium属),あるいは病原性を持つアスペルギルス属(Aspergillus属)などではありません。これらカビ汚染の代表的なカビ種は,浮遊菌の中にはあまり含まれていない(浮遊菌全体の0.1%未満)ことを確認していますので,一般的な空間においては過度な心配は不要です。仮に浮遊菌が100,000個/㎥の空間があったとしたら,主要カビ汚染主要種が100個/㎥程度含まれると予想されますので注意が必要です。浮遊菌が10,000個/㎥の空間であれば,カビ汚染主要種が10個/㎥以下と予想されカビ汚染リスクの低い清浄度の高い空間であると考えられます。このように,微生物センサによる測定値は室内空間の微生物汚染度の目安となります。

空間の汚れについては,花粉や黄砂,PM2.5などの大気汚染原因物質が注目されますが,室内空間においては浮遊菌にも注意が必要です。

本記事の内容は,熊谷組技術研究報告第78号(2020年2月)「リアルタイム浮遊菌測定法を活用した室内微生物汚染管理指標の提案」の一部を抜粋し紹介しました。

著者プロフィール

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中村 孝道 博士(農学)
株式会社熊谷組 技術本部 技術研究所 循環工学研究室 主任研究員
株式会社熊谷組Webサイト:https://www.kumagaigumi.co.jp/

東京農工大学大学院連合農学研究科にて学位取得(2005.3)後,2005.4~産業技術総合研究所(AIST)および2007.4~電力中央研究所(CRIEPI)にて博士研究員(Postdoctoral Researcher),2010.4~中外テクノス株式会社にて地中バイオエネルギープロジェクトリーダー,2014.4~地球環境産業技術研究機構(RITE)にて研究員を経て,2017.8~現職。主に微生物工学を適用した地下資源(石油/天然ガス)開発に関する研究に携わってきた。現在のメイン研究テーマは,バイオプロセスによるCO2有効利用(CCU)技術の開発。微生物機能によってCO2を原料にエチレンを生産する技術を開発し,2019.12にプレス発表を行った。他に,室内浮遊菌評価手法に関する研究開発に取組んでおり,その一環としてWhizの清掃機能に関する評価について,技術的・学術的に協力している。