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最終話 異世界の悪魔達へ

 伊吹は夢を見ていた。
 真っ白な開けた空間に、緑の草原が地を作り、真ん中には2つの木が絡み合いながら出来た、
大木が一本。
 温もりのある、明るさが天から差すその場所で、
さらさらと風が微笑み体の傍を通り過ぎるのを感じながら、
伊吹は幸せを体感していた。
 
 手には、白いシーツを身に纏って眠る煌を両手で抱き抱え、
ゆっくりと幸せを噛み締めながら、その大木に、一歩ずつ近づいていった。
 
 大木の下で、煌を抱き抱えたまま、ゆっくりと腰を下ろす伊吹。
 手や密着する部分から、煌の柔らかな肌の感触が伝わる。
 
 守りたい、
それだけを思う伊吹。
その瞳は、煌だけを見つめていた。
 まるで子供の様に、無防備に瞑る瞼、無防備な唇、風と戯れる髪の毛。
全てが愛おしく思えた。

 
 しかし、突然、
 自分の体から噴き出す血飛沫によって、煌がみるみるうちに赤く染まっていく。
 ————
 「はっ、、ごほっ!ごほ!」
 伊吹は目が覚めた途端に、激しく咽せた。
自身の体に血が流れていない事にすぐに気づき、夢と知った。
上半身を起こすも、眩暈でふらつき、視点もろくに定まらない。
 
 やがて眩暈を落ち着かせ、辺りを見回した。
そこは先程見ていた夢や、ユートピアとは真逆の、
無機質で「機能」しか果たせない者達に模られた、研究室の様な場所だった。
何の華やかさも無い、油とモーターと何らかの薬物の強い匂いによって、
意識もはっきりとしてくる伊吹。
 カプセルホテル、の様な寝具らしい寝床に、自分が横たわっていたのが分かった。
酷く冷える、と、伊吹は力の入らない体をゆっくりと動かしながら、その寝床から足を下ろし、立ってみた。
 「何だ、ここ、、」まだふらつく頭を抑え、伊吹は記憶の残影を頭の中で探った。
 
 (たしか、、森でギターを弾いていて、、
 
 そしたら、あいつが現れて。)
 
 伊吹は記憶を遡った。
 
 ————
 「やあ、伊吹!
 
 良い曲だったよ!
それでは、君の願いを聞こうか?」
 
 管理者がそう言うと、いつもの黒い世界。だが、スポットライトは、
管理者、伊吹、何も存在しない場所の3点存在した。
 「伊吹、君は思っているかもしれない。
 何故、自分が、と。
 何の取り柄も特別な事も無い、自分が、と。
 
 そう、君は特別な事等何一つ持ち合わせていない。
 全て、「偶然」なんだ。
 【偶然】この世界に到達し、
 【偶然】願いを述べずに、
 【偶然】煌と遭遇し、
 【偶然】煌に願いを託された、それだけだ。
 
 だから、今さら引き返したって、誰も責める事などしない。
いずれ、またその【偶然】で導かれる者がここに来よう。
 
 伊吹、君が君の事だけ考えて行動しても、誰も責める権利などない。
周りの連中など、願いを欲望のままに使った哀れな者達なのだから、
もっと酷い、そいつらこそ責められて当然だろう。
 
 だから、伊吹、君は煌とともに居ても良いんだぞ?ただのプログラムだがな。」
 管理者は優しく囁いた。
 
 「それも良いかも知れない。プログラムだろうが何だろうが、
 
 俺は煌が好きだ。そして、
煌は煌だ、俺の中で。
 だから、そんな事は関係無い。
 
 一緒に居たいと思うさ、ずっと一緒に居たい。」
 
 「そうか。では、どうする?」
 
 「だから、現実世界に行ってやる。
 俺が行けば、このユートピアが無くなって、世界が少しでも良くなるなら、」
 
 「変わらんさ、何にも。」
 管理者は話を遮り釘を打つ。そして続けて語る。
 「前にも、言っただろう。この国でいくら何をし合おうとも、
 世界がそれを望まない。世界の意向に逆らう力など、この国には無いのだよ、」
 
 「だから知ってるって。そんな事。」
 今度は、伊吹が遮る。そして続けて語る。
 「ダメかも知れない、何をやっても。だけど、
 
 俺の好きな煌は、それを信じて、今までやってきたんだ。
世界が敵だと分かって、煌本人は落ち込んでたけど、
 
 だったら尚更、俺が最後まで抗う。抗ってやる。
 どんなに無謀な賭けでも、いつまでもとことん俺が付き合う、煌に。
 
 俺は煌を守りたい。
 だから、煌の信じた道をも守る。
 
 俺はそう言うものだと思ってんだ、
 
 人間を。
 
 今から願いを言う。
 
 俺の願いは、現実世界に戻る事だ、管理者。」
 
 管理者は少し間を置いて述べた。
 「分かった。
 伊吹、お前の願いを聞き受ける。
 
 伊吹、最後に二つだけ伝えておこう。」
 
 「何だ。」
 
 「現実世界の日本は既に崩壊している。
私たちもやがて崩壊するだろう、お前達人間の手によって。
 たが、それから先はまた人間達の世界、
金や権力、あらゆるものの奪い合いが始まるだけだ。
 
 それは、地獄のまた始まりだぞ。
それでも良いんだな?」
 
 伊吹は即答する。
 「ああ、地獄の悪魔達と戦うよ、その時は。」
 
 「分かった。
 
 あと、一つは、、。やはり辞めておこう。
 じゃあな、伊吹、そして人間。」
 
 ————
 
 伊吹は、隣のカプセルに寝ていた煌を見つけた。
 「煌!」
 声を掛けても、揺すっても、反応は無い、だが、息はしていた。
煌に繋がれた管を一つずつ丁寧に外し、
 
 伊吹は両手で煌を抱き上げた。
 
 研究室の様な部屋から出ると、そこには薄暗い廊下が待ち構え、そして上へと続く階段があるだけだった。
 階段の先を見ると、燈が溢れている。
 
 伊吹は、煌を抱き抱えながら、燈に導かれる様に、階段を登って行った。
 
 
 階段を登り切ると、そこは無機質な世界とは真逆の、
 とても美しい世界だった。
 
 真っ白な開けた空間に、緑の草原が地を作り、真ん中には2つの木が絡み合いながら出来た、
大木が一本。
 温もりのある、明るさが天から差すその場所で、
さらさらと風が微笑み体の傍を通り過ぎるのを感じながら、
伊吹は幸せを体感していた。
 
 
 【異世界の悪魔達へ】完  soul voydgeへ。

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