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春画-ル『春画の穴』 どこへたどり着くのか楽しみ


まず、ブログを一本書いた。しかし、これをリンクだけでは内容が伝わらないので、再録してみる。錯覚していたのだ。

面白そうなので、手に取ってみました。
いわゆるエロ本の部類かと思いきやそうではありません。
これまで春画は江戸の芸術作品であるとか、好事家の収集物だったりしたのですが、著者はジェンダー史の視点からみつめているようです。
それを語る著者の文体は新しいです。
著者ペンネーム「春画-ル」の紹介をみると、1990年生まれとあるのですが、今風のブログの文体よろしく若い人の文体にも見えるのですが、ときおりすごく古い表現があったりして、本当に1990年生まれかと疑うところがあります。
 
これは読書案内誌「波」に連載されたものを加筆修正したものだそうですが、本人も述べているように江戸期の性に関する意識はおおらかで情愛に満ちていたというのは疑問があります。
このように言います。
 
「以前のわたしは、江戸期には現代とは異なる良い意味での「おおらかさ」があるのだろうと思っていました。しかしくずし字を学びはじめ、少しづつ読める文が増え、現代の研究者の書籍に掲載されないような絵師不詳の艶本や、性典物と呼ばれるハウツー本も読んでみると、そこには差別的なわらい表現、記号として描かれる身体に込められたメッセージが多々あり、動揺したり、疑問を抱くようになりました。「おおらかで情愛に満ちておめでたい」だけが春画じゃなかったのです。(p-199)」
 
どうです、なかなかの眼力でしょう。
また、江戸期の春画に現代人が求めるものを提供していないのではないかと恐れるともあります。
しかし、それは勝手な現代人の思い込みで、知識人などがことさら春画をとり上げる時のスタイルはいつもそうなので、春画という超俗なものを何か意味ありげに取り上げてみるといういわば裏返した自尊心というか、「私だってこんなものを書けるのよ」というコケティッシュな文体なのであって、そうであればこそジェンダー史として研究してもいいはずなのですが、そんな論文は著者に言わすと無いそうです。
ところでくずし字を私はまったく読めませんが、これを活字化して本文で紹介しています。これが日本語かというおもしろさがあります。そいえば現代小説に延々とオノマトペを書き連ねた小説がありましたな。
ともかく、著者が本当に1990年生まれなら、どこに行きつくか楽しみです。

私はこの時誤解していた。
若いライターさんか、ブロガーではないかと。それも男性の方ではないかと。今風のブログ文体ですし、その語り口はやはり30代の人が書くような内容なのだ。単語のそこここに現れている。
そうではなかった。
「春画-ル」は「春ガール」だったのだと。
女性だったのです。
迂闊といえば、うかつで、なぜ気が付かなかったのだろうかと。
そう読めば、この本に現れていた違和感も解消するのだ。

本を読めば、そこここに現れていたのに気づかないでいた。

「セックスとはどんなものなのか」と興味本位で天狗の面の鼻を自分で挿入してしまう気持ち、分かります。私も遠い昔にそんな妄想をした記憶があります。(p-109)

【妄想だったのでしょうか】
 

「私のパートナーも、陰毛が皮に巻き込まれて痛い、見た目が嫌という理由から、クリニックで陰茎の皮を切って常時ズルムケ状態にしていました」(p-131)

【そんなことしなくとも、常にむき出しておけば、いずれそうなります。真性包茎はダメですがね】

「私自身、人間関係がうまくいかないといった日々のストレスや過度な食事制限などの理由で月経がしばらく止まったことがあります」(p-156)

【たしかに私=月経=女性とつながっています】

もういいだろう。
間違いなくペンネーム「春画-ル」はふざけたペンネームではなく、「春画ガール」の意味だったのだ。
この手の、露悪的な書き方の女性の作家はいるが、フェミニズムにかかわるひとたちに結構こういう文体の人がおおいようだ。
その語り口の持っているその意識というのが重要で、超俗的な部分とジェンダー史にかかわるような抽象的な考察の部分の混合なのだ。
それは、ものすごくアンバランスで、いわゆる知識人的な書き方ではない。
いや、知識人なのだろうが、それを既成のものと同じではないという意識が働いているのだ。

それが、著者は自称していて、「春画ウオッチャー」という。
でもなぜ、春画なのかというと、葛飾北斎の「蛸と海女」を見て目覚めたのだといっている。
でも、「蛸と海女」は本当に春画的春画かというと無理があるのではないだろうか。春画そのものは交接を主題としているからだ。ちょっと違うよな。もっとシュールだよな。もっと男の情念の究極の姿のようでもある。余白いっぱいに書き込まれた「書入れ」はオノマトペの連続だけれど、それを読むと「お笑い」になっている。

ところで、ブログ本文でも述べているように、このような猥褻なものを出版できるのは、春画が芸術と認められたからと言っていて、その功績は在野の白倉敬彦、林美一のような研究者のコレクションと努力によるものとしている。
これを文化史的に捉えたものに、田中優子の『春画のからくり』(ちくま文庫)があるが、こちらは、春画を「隠す・見せる」「覗き」というメルクマールから分析している。しかし、その手法はまさに近代文化史的で、何か新しい知見が垣間見られるものではない。
おそらくそこへの不満から、著者は始まっているのだろうから、「春画の穴 あなたの知らない「奥の奥」」とういう副題を持っているのだろう。
江戸期の性意識とでもいうようなものに。

それが、達成されたのかというと、本人も言っているようにとば口に立っているのであり、これからなのだ。

そこは、やはり私が錯覚していたように、春画を男性目線で見ていたということであり、女性目線の春画はあるのだろうか? 女性作家はいたのだろう? と問うてみる。

寡聞にしてまったく事情を知らないのだけれど、著者にでも聞いてみたい気がする。

葛飾北斎の娘である葛飾応為はどうなんだろう。
この天才は春画をものにしていたんだろうか。ネットで探してみるとWikipediaに「また、北斎筆とされる春画「絵本ついの雛形」を応為の筆とする説もある」と出てくる。注には林美一「春画を描いた女浮世絵師葛飾応為と「陰陽和合玉門榮」」という文献があることがわかった。
「ついの雛形」とは直訳すると「女陰の見本帖」とのことなので、どんなものかと検索したら。次のような画像に出会った。


 

リンクにあるように「応為は、(性器をふくめて)ありのままの姿を描いている」とあるので、よく見ると第3図はたしかに、春画にあるような巨大な性器になっていない。
ここらあたりが、ポイントか? 応為の写実主義とも言えるが、これが女性目線なのかもしれない。
いくら力んでみても、私は自分の目線のことしかわからないわけだから、想像してみるしかないのだけれど、おそらく性に関する目線が違っているのだ。
性器を極端に大きく描写するというのは、そのようにデフォルメしたというその性意識の裏側には、やはり男性目線というか欲望というかそういうものがあるのではないだろうか。怒張のように勃起した射精はそれだけ快感度がたかい、半勃起では快感はえられない。そこでやおらおおき大きく誇張したのではないかと思われる。
女性はそんな点には関心がないので、むしろそんな大きな性器表現ではないのだと。

話はネットに飛ぶが、女性が見るアダルトサイトの動画を覗くと、それはどれもお話しというかシチュエイションに重きを置いているような気がする。それをさも女性であるかの如く男性編集者が装っているものが含まれていたとしても、その状況、立場、環境を重視しているようにも思える。
男性目線の性妄想は、春画にもあるが、現在のポルノ動画にも十分現れているんじゃないだろうか。

例の、葛飾応為の図にも「男は煙管を吸うひまもなく、女性に求められている。」と書き込みがある。その状況へ至るそのものが重要だというように。

ここらあたりが、違いなのだろうけれど、よくわからない。
春画―ルの見解を訊きたいところだろうか。

もう一つは、田中優子が『張形と江戸をんな』(洋泉社新書)の「あとがき」で述べているように「見る者の自己投入を想定しない春画などあり得ない」という点で、まずはマスタベーションの道具であるということだ。それは男にとっても女にとってということで、単に鑑賞するというだけのもではない。実用の道具なのだ。
これほど、身体に近接しているものは無いだろうというぐらいに近づいている。身体そのもへの直接的なものは、このタイトル通り「張形」なのだろうが、この本でも明治期に販売された性具の画像が挿入してある。性具は現物だけであって、物語は自分で妄想しないといけないが、春画のほうは物語を提供してくれるが、道具は自分で調達しなければならないという違いがあるだけだ。

さて、ここまで追いかけてきて、得たものがあるのかというと、それはあまりなくて、やはりこれからの春画-ルがなにを引きずり出してくるのかというところが知りたいところだ。

所詮、春画は猥褻図画であるから、かんたんに言うとエロ画なのであって、落書きから芸術性のたかいものまであるという世界なのだ。落書きといっても、バンクシーの例を出すまでもなく、そのメッセージ性の高いものがあって、そのメッセージ性というのが春画-ルの解明したいところなのだと思える。性差別から病気、犯罪、嫉妬から情愛、にいたるまでの人間の万事万象にかかわるものをすべて含んでいる、そのメッセージ性を問うているのだと思える。そこにきれいごとだけにはすまさないという態度がみえる。


 
 
 
 
 
 

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