【ショートショート】壺

 その男は、大きな家の前に立っていた。男は新入りの詐欺師だった。老人に安い壺を高く売りつけろ、とボスの詐欺師から頼まれていた。

「初めてだが、うまくいくだろうか。」

緊張気味でインターホンを押すと、気の優しそうな老婆がでた。少しほっとした。

「こんにちは、少しお時間いいですか。」
「はい、何の用です?」
「おばあさん、あなた、今の生活が退屈ではありませんか?」

老婆は目を丸くして答えた。

「あなた、どうしてそれがわかるの。ちょうど一年前に夫を亡くしてからというもの、すっかり退屈しているのよ。」

しめた、と男は思った。

「そうでしょう、そうでしょう。そんなあなたのために、こんなものを持ってきたのです。」

満を辞して、男は壺を老婆の前に出した。すると、老婆の反応は意外なものだった。

「これは…。まさか不思議な力のある壺かしら?ぜひとも、売ってくださいませんか?」

男は面食らった。まさか、こんなにうまくいくとは思わなかったからだ。

「そうですとも、この壺は持っているだけで生活が華やかになる壺です。しかし、とても価値が高いのです…。」

老婆は身をのりだして話を聞いている。しかし、値段が一番言いにくい。

「それで、おいくらかしら?」
「10万円です…。」

まだ慣れていない男は遠慮がちに言ったが、老婆の反応はまたしても意外だった。

「あら、そんなに安いのでしたら、買いますわ。」
「えっ」
「実は私、今までもいくつか、そのような壺を買ってきましたの。そのおかげで、何かと良いことが起こって、今ではこんなに大きな家に住めていますのよ。」

部屋の奥をそれとなく覗くと、確かに、豪華な壺がいくつか飾ってあった。

「そうでしたか…。」

その壺は本当に不思議な力があるのかもしれない…。そう思うと、男は途端に、その壺が惜しくなってきた。男はどうしてもその壺を取り返したくなった。自分も、壺の恩恵を受けたくなったのだ。

「あの、おばあさん。」
「何かしら?」
「すみません、その壺は売ってはいけないものだったのです。売っても良い壺が家にあるので、とってきます。なので、それを返していただけませんか?」

しかし、老婆は食い下がった。

「嫌ですわ。せっかくこんなに安く壺が手に入ったんですもの。ただでは返せませんわ。」
「いくらなら、返してもらえますか?」
「そう…倍の20万円だったら、考えないこともないわ。」
「20万円、仕方がないので、払います。」

男は20万円を老婆に支払い、壺を取り返してその家をでた。


 ドアを閉めた後老婆はつぶやいた。

「また得をしてしまったわ。本当に、今まで買った壺はご利益があるのね。この壺たちを売ってくれたあの人に感謝しなくては。今もらった20万円のうち、半分はあの人に渡すべきだわ。そうよ、あの人のおかげでこうして得をしているんだから。」


 大きな背中の男は、家でくつろいでいた。するとインターホンが鳴った。出ると、そこには老婆が立っていた。

「あの、すみません突然。」
「ああ、奥様。どうかなさいましたか」

その男は老婆に、以前壺を売ったことがあった。

(まさか文句を言いにきたのか、それとも返品しにきたのだろうか…。)

「ありがとうございます。あなたの売ってくれた壺のおかげで、本当に私の生活は豊かになりましたわ。これ、ほんのお礼ですけれど。」

そう言って老婆は10万円を渡してきた。

(これは一体、どういうことなのだ。私が高額で売った壺はどれも、一つ1000円もしない安物の壺で、そんな不思議な力があるわけではないはずなのに。)

しかし、この10万円、もらって損はない。その男に、良心などもうなかった。

「そうですか。それは良かったです。また、新しい壺を売りに行きますからね。」

 しばらくすると、またインターホンが鳴った。ドアを開けると、壺を抱えて嬉しそうにしている新入りが立っていた。

「なんだお前、壺が売れなかったのか。それなのに、なぜそんなに嬉しそうにしているんだ。」
「ボス、聞いてください。この壺は本当に価値があるんですよ。今日売りに行った老婆は、この類の壺をたくさん買って、本当に大きな家に住んでいたんです。これを売ってしまうところでしたよ、危なかった。」
「お前、まさか。」
「ええ、10万円損しましたが、この壺を取り返しました。」
「ばかか。この壺はたったの1000円もしない安物だ。そんな価値があるものか。」

あまりに間抜けな新入りに腹が立ち、ボスは新入りが持っていた壺を蹴飛ばした。

「あ、何するんだっ。俺の大事な壺をっ。」

逆上した新入りは、近くにあったワイン瓶で、ボスの頭をぶん殴った。ボスは気を失い、息をしていない。新入りは焦った。テーブルの上にあった10万円の入った封筒だけを持って、その場から逃げ去った。


 帰り道、老婆はつぶやいた。

「詐欺というのは本当に、いつまで経っても無くならないのだから…。」

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