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リトアニアと自然崇拝、そしてソダス

 

ヨーロッパ 北東部に位置する、バルト海に面した小さな国、リトアニア。面積は北海道の8割程度、例に漏れず高齢化と人口流出で年々減る人口は現在300万弱(10年前から20万人以上減っています)。バルト三国のひとつとしても知られるこの国は、ラトビア、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを隣国に持ち、幾度も隣国、ことにロシアに支配された歴史を持つ。公用語はリトアニア語で、サンスクリット語を起源に持つ、とても古い言葉。現在主な宗教はカトリックだけれど、リトアニアはヨーロッパ で最後にキリスト教化した国で、カトリックが入ってくる13世期以前は土着の宗教、いわゆる多神教またはアミニズムとも称される自然崇拝の国でした。日本の神道にも通ずる「八百万(やおろず)の神」、自然物を神格化し崇拝してきたリトアニアの人々は、カトリック教徒となった今でもなお、自然に対する畏敬の念を抱き、伝統工芸(フォークアート)や文化にもその名残が多く見られます。そんなフォークアートのひとつ、「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」は、2001年ユネスコの世界無形文化遺産に登録されています。素朴ながら雰囲気のある木彫りの十字架や祠は、そんな自然崇拝の遺産として、様々なモチーフが祈りと共に彫り込まれ、今もリトアニアの道端に佇んでいます。今ではリトアニア独自の十字架以外にも世界中から人々が持ち寄り、集まった十字架が無数に乱立するシャウレイ郊外にある「十字架の丘」は、リトアニア有数の観光スポットとして知られています。

「ソダス」と北東ヨーロッパ諸国に伝わる「伝統的麦藁装飾」

リトアニアのフォークアートには木彫りの十字架や祠、民族衣装にも見られる模様が織り込まれた美しいテキスタイルやサッシェベルト等さまざまなものが存在しますが、麦藁装飾の「ソダス」もそのひとつです。リトアニア語で「Šiaudinis sodas」と呼ばれるソダスは、直訳すると「藁の庭」を意味し、その名のとおり、麦藁で森羅万象を表現します。

ソダスのように麦藁を用い幾何学形を組み合わせ吊す装飾物は、古くは中世以前からバルト海沿岸・東スラヴ諸国を中心に伝統的に作られ、リトアニアではソダス、フィンランドではヒンメリ、エストニアではクローン、ラトビアではプズルス、ウクライナやベラルーシではパブークと呼ばれています。

日本でも近年よく知られるヒンメリがスウェーデン語(himmel)やフィンランド語(himmeli)で「天、空」を意味し、多面体を組み合わせた幾何学形で成り立っているのに対し、リトアニアのソダスの特徴は八面体を基本としたピラミッドに加え、星や太陽、花、鳥、人、天使などのモチーフを用いることにあります。八面体は上下逆さまに組み合わさった二つのピラミッドから成り立ちますが、上部のピラミッドが「あの世」を、下部のピラミッドが「この世」を表すと言われ、それらピラミッドに星や太陽、花、鳥、人、天使などのモチーフをちりばめることで「この世」の営みを表現し、「あの世」と繋がり対話するスピリチュアルな、聖なる飾りとして家庭を見守ってきました。

ヒンメリやソダス以外の北東ヨーロッパで見られる幾何学を軸とした伝統的麦藁装飾は、形は類似してこそいますがその名称から捉え方の違いが垣間見れます。ラトビアのプズルス(プズリ)は、英単語からもイメージできますが「パズル」を、エストニアのクローンは英語の「クラウン」すなわち「王冠」を、ウクライナやベラルーシなどのロシア語圏では「パブーク」と呼ばれ「蜘蛛」をそれぞれ意味します。「プズルス(パズル)」は幾何学形を組み合わせていくことから連想できますし、「クローン(王冠)」や「パブーク(蜘蛛)」は多面体の組み合わさったさまがそれぞれ形によって王冠や蜘蛛の巣のようにも見えます。それぞれ納得がいき、興味深いですね。そう考えると、前述諸国よりもさらに日照時間が短く、日の光が貴重なフィンランドで光を意識した「ヒンメリ」と呼ばれ崇められるのも、自然なことかもしれません。そんな中、リトアニアの「ソダス(藁の庭)」はちょっと哲学的で異色な気もします。そのことについてはまた後日。

麦藁ついでに、麦藁(や稲藁)は装飾品以外にも、世界各地で生活用品、装身具などとしても実に様々な使い方がされてきました。話がそれるのでここで深くは追求しませんが、日本では稲藁がしめ縄、草履、防寒具、はたまた茅は屋根として等、衣食住全てのジャンルを網羅した天然万能素材として、藁類は人々の生活に欠かせない素材であるということはとても興味深いところです。




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