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新たなステージに

2022年も残すところあと数日。

今日は今年のソダス活動を振り返って、感じたことを。

今まで、「リトアニアという国からお墨付きをもらっている」ということで、自分の作品を作るときに何となくとらわれていた「リトアニアの伝統的なソダス」という枠。展示やワークショップを行うときは、きちんと裏どりのできた「リトアニアのソダス」についての歴史や言い伝え、そして伝統的なソダスに対するリスペクトは忘れずに発信しつつも、今年は「伝統的なソダスづくりをなぞる」ところから「本多桃子のソダスを生み出す」ステージへ、一段上がれたような、そんな感触を持てた年でした。
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言葉であらわすのは難しいのですが、ピアノ演奏でいうと「クラシックの基礎を習得して、ジャズへ踏み出す」ような、そんな感じ。
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なんでもネットやYouTubeで情報やテクニックを見たり聞いたり学んだりが簡単にできるご時世ですし、わたしも日々、ニュースや料理レシピ、音楽に映画といろいろ便利に利用しています。

でも、ソダスに関しては、今年はあえて視覚的情報は極力目にしないようにし、日々うつろう季節や気持ちに従い、手を動かし模索する日々でした。そんな中、ふと「それでいいんだ、それがいいんだ」と思えたのです。

今秋は、今をさかのぼること10年以上前、一緒に苦楽を共にし、公私共に心を通わせたリトアニア人外交官が日本に再び赴任してくるという嬉しいニュースがありました。そんな彼女が、赴任直後で忙しい中、葉山でのわたしのソダス展に足を運んでくれ、作品を前に開口一番「モモコさんは、ソダスと出逢えて本当によかったですね。リトアニアにはない、モモコさんのソダスですね。素晴らしいです。」と言ってくれたとき、「それでいいんだ」は確信に変わりました。彼女は数年前までリトアニア文化大臣の顧問も務め、三島由紀夫や村上春樹、村田沙耶香など、日本の文学作品の数々をリトアニア語へ翻訳する優秀な翻訳者でもある、まさにリトアニアと日本の文化に深く通じている人。葉山に展示を見に行きますね、と連絡をもらった時は正直緊張したし、実際そんな言葉をかけてもらえるとは思ってもいなかったのです。

リトアニアに行き、ソダスの作り手に会うと、みんな自由でおおらか。わたしもそういうふうに、自分の手で「わたしのソダス」を生み出して行きたい。そう思います。

鎌倉へ居を移し、ちょうど1年。ソダスだけでなく、自然を身近に、植物たちともたわむれながら、来年は新たな試みも、いろいろ進めていきます。

来年は、争いがおさまり、少しでも世界がおだやかになることを願いつつ。


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