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ソダスの栄枯盛衰


現在はカトリック信仰国と言っても過言ではない(リトアニア国民の約80%がカトリックを信仰、次に信者の多い正教会信仰者は5%)リトアニアですが、15世紀頃にキリスト教が入ってくるまで「ヨーロッパ最後の異教国」と呼ばれ、長くバルト独自の自然崇拝(多神教)が浸透していました。キリスト教国となった現在も、「すべてのものに神が宿る」多神教的概念は自然を身近に、大切に生きるリトアニアの人々に深く根付いています。そのようなキリスト教と多神教が入り混じった伝統文化がリトアニアには今も多くみられ、伝統的麦藁装飾「ソダス」もそのひとつと位置づけられています。

ソダス発祥の地は厳密には明らかではありませんが、中世以前からリトアニア北東部農村地帯のアウクシュタイティヤ地方を中心に20世紀初頭まで伝統的に作られ、屋内に飾られてきました。人々は痩せた土地に命をつなぐパンを作るためライ麦を、そして野菜や家畜を育て、うす暗い木造家屋に暮らしつつましく日々を営んでいました。土壌が痩せ、日照時間も短い寒冷地のリトアニアで育つライ麦でできた黒パンは、じゃがいもと共にリトアニアの主食ですが、精製された小麦で作られたいわゆる「白パン」に比べ、ビタミンやミネラル、食物繊維が豊富で、人々の貴重な栄養源として、今も昔も日々の暮らしに欠かせない存在です。そのようなことからも、まさに「命をつなぐライ麦」に「神」を見出すのは自然なことかもしれません。黒パンの製造過程で残ったライ麦の藁の皮を剥ぎ選別し、形を整え、同じくリトアニアを代表する農作物である亜麻(リネン)の糸を針金に結びつけ、藁に通し結びソダスを作り、食卓の上に吊るしました。昼間でも暗い木造家屋の小さな窓からさす日の光やろうそくのともしびのもと、黄金色に光りかがやくソダスが人々の暮らしをどれだけ明るく照らしたことでしょう。ソダスはのちに、新婚カップルや赤ちゃんを迎える家庭などに「邪気を払い幸せを運ぶ聖なる飾り」として贈られるようにもなりました。アウクシュタイティヤ地方の伝統的な結婚式では、民族衣装を身に着け豊かさを象徴する農作物や花などを飾り付けたソダスを中心に歌い、踊り、新婚カップルを祝います(写真)。

15世紀頃にキリスト教がリトアニアに伝わり、広がるにつれ人々の暮らしにも変化が訪れました。19世紀に入るとドイツからクリスマスツリーを飾る文化が広まり、ソダスもクリスマスを飾る装飾としても用いられるようになっていきました。20世紀ごろまでは農村部を中心に家庭に飾られていましたソダスでしたが、その後生活の近代化に伴う価値観の変化から伝統文化への関心は薄れ、作り手の高齢化など徐々に過去のものとして忘れ去られていき、途絶えかけた文化となっていきました。しかし近年、国立博物館での展覧会や2013年のリトアニアのEU議長国就任時にはベルギーのブリュッセルにあるEU本部での大々的な展示などをへて、ユネスコの世界文化遺産としての登録運動も盛り上がり、再び脚光を浴びてきています。リトアニアの若い世代の人々もソダスを結婚や出産のお祝いとして贈ったり、イースターやクリスマスなどのハレの日を祝うだけでなく「幸せを運ぶ聖なる飾り」として、レストランやカフェなどではインテリアのアクセントとしても注目されています。




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